筑波大学,高エネルギー加速器研究機構,産業技術総合研究所,九州大学は,次世代のOLED材料として注目される熱活性型遅延蛍光(TADF)について,電子の動きを直接観察することに成功した(ニュースリリース)。
OLED用発光材料である熱活性型遅延蛍光(TADF)材料は,レアメタルを利用することなく,光りにくい励起三重項状態を熱のエネルギーによって光りやすい励起一重項状態に遷移させる。これにより内部量子効率は理論限界の100%に達する。
TADF材料については,薄膜構造の制御により外部量子効率の向上が見込まれることから,単一膜からなるシンプルなデバイスが注目されている。しかし,単一膜の励起三重項状態が発光しにくい理由の解明が課題となっていた。
分子膜の光物性を理解する手法としては,励起電子を直接観察する方法(二光子光電子分光)が有効となる。しかし,二光子光電子分光は有機材料に対してさまざまな問題(電気伝導度の低さや試料損傷など)が起こりやすく,適用が困難だった。
そこで研究では、光電子顕微鏡を検出器とする二光子光電子分光を用いた時間分解光電子顕微鏡(TR-PEEM)を改良した。TR-PEEMは微小量の光電子を高感度に検出し,従来困難であった有機薄膜の二光子光電子分光が可能となることを示してきた。今回,TADF材料の一つである4CzIPNの薄膜を作製して観察した。
その結果,励起電子の生成から発光による失活,また,濃度消光と呼ばれる特異な現象(無輻射失活過程)でのダイナミクスを観察することに成功し,励起電子により生成された励起子が自発的に解離することで長寿命の電子が生成され,この電子がTADFの発光効率を低下させていることを突き止めた。特に,TADF材料の発光効率を低下させる要因である無輻射失活過程について,TR-PEEMにより詳細な知見を得ることができたという。
TR-PEEMによる励起電子のダイナミクスの観察では,時間分解発光計測(TR-PL)で得られた発光ダイナミクスの結果と矛盾しないだけでなく,発光計測では捉えることができない「光らない」電子の存在も発見した。
このような電子は,励起電子が形成する励起子という状態から電子のみが分離して生成するもので,励起子解離と呼ばれる。励起子解離の過程とその量が捉えられたことは,今後のTADF膜を用いたデバイス開発に非常に有益な知見だとする。
研究グループは開発した観察手法により,TADF薄膜材料を利用した超高効率OLEDの開発の推進が期待されるとしている。