理化学研究所(理研)は,超高速時間分解ローレンツ電子顕微鏡を用いて,磁気スキルミオンがナノ秒~マイクロ秒の時間スケールで柔軟な変形を繰り返すことを発見した(ニュースリリース)。
磁気スキルミオン(スキルミオン)はナノメートルサイズのスピン渦であり,密集して格子を組んだり孤立して粒子のように振る舞ったりする。寿命が長く,電流や熱により搬送できる点から,次世代磁気メモリの情報担体としての利用が期待されている。しかし,スキルミオンが外場に応答する時間スケールはナノ秒程度と予想されており,そのような高い時間・空間分解能を両立する磁気イメージング手法は限られていた。
研究グループは,ガリウム(Ga)イオン照射により意図的に格子欠陥を導入したキラル磁性体のCo9Zn9Mn2薄膜に対してナノ秒パルスレーザーを照射し,試料を急速に加熱した。そして,超高速時間分解ローレンツ電子顕微鏡法を用いて,熱に駆動されるスキルミオンを観測した。
実験では,スキルミオンを熱的に駆動する目的のレーザーパルスと,スキルミオンの応答を検出する目的の電子パルスを用いた。両パルス間の時間差を制御することで,10ナノ秒の精度で過渡的なスキルミオンの状態を追跡できる。得られるローレンツ電子顕微鏡像では,スキルミオンの形状が画像コントラストとして現れる。
レーザー照射前は,格子欠陥の影響により歪んだスキルミオンが観測される。ここにナノ秒パルスレーザーを5mJ/cm2の強度で照射すると,試料は急速に熱せられ,歪んだスキルミオンが,270ナノ秒後にはほぼ6回対称のクラスター構造に近づくことを見いだした。
レーザー照射直後,楕円形のスキルミオンが収縮または分裂し,その後にドリフトして,より対称性の高いスキルミオンクラスターを構成した。さらに,これら一連のダイナミクスは,ナノ秒オーダーの遅延時間を示した。これは外力が加わることにより生じる電子スピンの擾乱に起因し,スキルミオン間の摩擦に相当する現象と考えられるという。
また,レーザー照射により分裂していたスキルミオンが,約5マイクロ秒(5,000ナノ秒)後には再結合した。クリーンな系では長時間安定であるスキルミオンが,格子欠陥の影響により短い寿命に変わったと考えられるという。
対称性の高いスキルミオンクラスターが,レーザー照射の7,820ナノ秒後には元の歪んだスキルミオンに戻ることから,柔軟なスキルミオンの生成から消滅に至る一連の過程が繰り返し可能であることが明らかになった。
研究グループは今後,スキルミオンの柔軟性を活かした繰り返し可能な高速制御により,次世代磁気メモリ素子の開発に貢献きるとしている。