分子科学研究所と独フリッツ‐ハーバー研究所らは,探針増強ラマン分光の先端計測技術を応用した原子スケールの極微分光法を開発し,銀の探針と単結晶シリコン表面との間に原子点接触を形成した際に巨大なラマン応答が得られることを初めて発見した(ニュースリリース)。
探針増強ラマン分光は原子スケールで振動スペクトルを取得することのできる超高感度の化学分析法として期待されているが,従来,原子スケールの振動スペクトル測定は特殊な材料に限られており,これを超集積化が進む半導体材料から得るにはさらなる高感度化が必要とされていた。
今回,研究グループは収束イオンビームによって銀から作製したプラズモニック探針とシリコンの単結晶表面との間に原子点接触を形成することで,巨大なラマン応答が得られることを発見した。
銀の探針をSi(111)-7×7再構成表面に近づけ,その間に接合から発生するラマンスペクトルをモニターしたところ,探針がシリコン表面に触れていない領域(トンネル領域)では基板内部のシリコン原子に由来する振動モード(バルクフォノン)のみが520cm-1に観測された。
探針が表面に接触し,原子点接触が形成された瞬間から表面に由来する振動モードが現れる(原子点接触領域)。探針を表面から離し,原子点接触構造が消失すると同時にこの表面由来の信号も消失した。
研究グループはさらに,この原子点接触ラマン分光によってシリコン表面の原子レベルの構造を調べるための実証実験を行なった。シリコン単結晶表面の原子ステップと呼ばれる構造において同様の測定を行なうと,表面の平らな部分とは異なるスペクトルが得られた。
また,シリコン表面をごく微量の酸素ガスに暴露し,数ナノメートルのスケールの酸化シリコンを導入した表面でも測定を行なった。その結果,酸化したことに由来する特徴的な振動モードを検出することにも成功した。
これまでの研究では探針増強ラマン分光の高感度化(ラマン散乱強度の増幅)にはプラズモニック金属で構成されるナノギャップ構造が不可欠であると考えられ,多くの場合で測定可能な試料は代表的なプラズモニック材料である金もしくは銀の基板に吸着した系に限られていた。
今回の原子点接触の形成による巨大なラマン応答の発見はこの常識を覆し,様々な物質で原子スケールの極微分光が行なえる可能性を示すもの。巨大なラマン応答はナノスケールの超微小試料の化学組成や構造,そして反応を調べるための超高感度の振動分光を可能にするという。
研究グループは,これによって機能性分子材料や生体試料の一分子観察への応用も期待されるとしている。