分子科学研究所と名古屋大学は,無限アニオン鎖を持つ1次元電荷移動錯体を開発した(ニュースリリース)。
理想的な1次元物質は3次元物質の世界では起こらない特異な物理現象や機能性を発現することが理論や計算により予言されているが,実際の物質では弱い3次元的な相互作用や結晶構造の変化により,1次元物質は電気伝導性や磁性の特異性が消失してしまう相転移が容易に起こる。そのため,量子現象が顕著に現れやすい極低温まで電気伝導性や磁性が保持された1次元物質が熱望されている。
分子科学研究所は,代表的な有機ラジカルであるTMTTF(テトラメチルテトラチアフルバレン)分子と六フッ化ニオブとを電気化学合成することにより,新規な1次元電荷移動錯体の開発に成功した。しかしながら非常に小さな微結晶試料しか得られないために,実験室系のX線構造解析装置では構造を明らかにはできなかった。そこで,名古屋大学と大型放射光施設SPring-8で微少単結晶試料(代表的な試料サイズ:120μm×20μm×50μm)の放射光X線回折実験を行なった。
構造解析の結果,磁性をつかさどるTMTTF分子が等間隔で1次元的に積層していることを確認した。また,結晶内で電荷を補償するため(NbOF4)∞の無限アニオン鎖が存在していた。詳細な結合長の解析から,TMTTFは+1価のラジカルになっていて,NbOF4-と1対1で電荷移動錯体を形成していることが理解出来た。
さらに,低温30K(−243℃)までの測定では,1次元物質で起こしやすい構造相転移は観測されず,剛直な無限アニオン鎖の存在が構造安定の要因と考えられるという。
(TMTTF)(NbOF4)の磁化計測を行なったところ,電子スピン共鳴の結果と磁化計測の結果は良い整合性が確認され,磁性が1次元的に配列したTMTTFラジカルに由来した磁性体であることを明らかにした。(TMTTF)(NbOF4)は60K(−213℃)近傍までは温度変化が少ない磁化率を示すが,60K以下では奇妙な磁化率の増大を示し,ラジカル上の電子スピン間の相関の発達を示唆している。現在,この奇妙な増大は等間隔に整列した1次元磁性体に固有な現象ではないかと考えて研究を進めているという。
(TMTTF)(NbOF4)の物性や機能を理解するには,さらなる種々の精密測定や理論検証が必要。この系の発見は機能性物質探索の一つの戦略として有用なため,剛直な無限アニオン鎖を取り入れるなど新しい物質デザインにより,ユビキタス元素(入手容易な元素)を用いた磁性材料などの指針になるとしている。