理化学研究所(理研)とデンマーク オーフス大学は,実材料に近い形態である多結晶から価電子の分布を可視化することに成功した(ニュースリリース)。
材料の機能を決める重要な因子の一つとして,原子と原子を結びつける(化学結合)強さがある。化学結合の強さを知るには,結合に寄与する原子間の電子(価電子)の分布を明らかにすることが必要だが,これまでは単結晶を作製してからX線回折実験を行なっていた。
単結晶の試料作製に労力がかかり,構造物や医薬品などに使われている材料のほとんどは多結晶であるため,多結晶の状態で価電子分布を可視化することは材料開発において有益となる。しかし,単結晶に比べて多結晶で観測される回折線の強度は弱い上に,回折線同士が激しく重なり合うため,放射光を利用しても価電子分布を可視化することは容易ではなく,適用範囲は限られていた。
研究グループは,実際の材料の形態に近い多結晶から価電子分布を明らかにするために,SPring-8の理研物質科学Ⅰ・BL44B2に設置されている重なり合った回折線を高い分解能で識別できる放射光計測システム「扇(OHGI)」を利用した。
さらに,扇で得られた回折データに,2019年に独自に開発したX線検出器の感度ムラを補正する方法「レリーフ(ReLiEf)」を適用し,強弱さまざまな回折線を同時に観測できるようにした。
その結果,構造物に使われるような無機材料(今回はダイヤモンド)だけでなく,医薬品に使われるような複雑な構造を持つ有機材料(今回は尿素とキシリトール)でも,単結晶から得られる価電子分布に匹敵する精度が多結晶からも得られることが分かった。これは,ハードウェア「扇」とソフトウェア「レリーフ」の開発が一体となって初めて実現したものであり,放射光と検出器が持つ本来の性能を最大限活用した結果だという。
今回用いた実験手法では,元の材料の形態を維持したまま温度や湿度,圧力といった試料まわりの環境を容易に変えられるため,例えば,構造材料で見られる破壊現象を化学結合の観点から明らかにし,材料の寿命を予測したり強靱な材料を設計したりできるようになることが期待できるとしている。