理化学研究所(理研)は,室温で「アンチスキルミオン」と呼ばれる渦状の磁気構造を示す新物質を発見した(ニュースリリース)。
「スキルミオン」は,固体中の電子スピンが形成する渦状の磁気構造体であり,トポロジカル数「-1」で特徴づけられ,安定な粒子として振る舞う。直径が1~100nmと微小で,低電流で駆動できることから,高性能の磁気記録デバイスへの応用が期待されている。
一方,「アンチスキルミオン」は,スキルミオンとは逆符号のトポロジカル数「+1」を持つ渦状の磁気構造体で,「D2d対称性」または「S4対称性」に分類される結晶構造の磁性体において,ジャロシンスキー・守谷相互作用によって形成されると予想されているが,新物質の開拓およびトポロジカル物性の解明が求められていた。
研究グループは,シュライバーサイトという隕石鉱物として知られる,S4対称性の結晶構造を持つ磁性体(Fe,Ni)3P(Fe:鉄,Ni:ニッケル,P:リン)に着目し,これにパラジウム(Pd)を少量加えた化合物「Fe1.9Ni0.9Pd0.2P」を合成した。Pdをドープすることで,スピンが向きやすい結晶軸方向が変化し,アンチスキルミオンが生じるのに適した磁気状態になることが分かった。
まず,厚さ130nmの薄片試料を観察したところ,室温で外部磁場を加えると四角い磁気的な構造体が多数出現し,その磁化分布からアンチスキルミオンであることが分かった。このアンチスキルミオンの安定状態は,-170℃から130℃までの非常に広い温度領域で観測された。さらに,外部磁場を大きくすると,スキルミオンに変わることも分かった。
次に,磁気構造が試料の厚さに応じてどのように変化するかを調べた。その結果,厚い試料では磁気ドメイン構造のサイズが数μmまで大きくなり,試料表面に互いに反転している複雑なパターンが出現し,これがアンチスキルミオンおよび結晶構造の対称性と同じであり,S4対称性特有の新しい磁気ドメイン構造だということがわかった。
理論的シミュレーションの結果,この構造は,試料内部で磁気ドメイン壁を結晶軸に垂直な面に固定しようとするジャロシンスキー・守谷相互作用と,試料表面で磁気ドメイン壁を曲げて静磁エネルギーを下げようとする磁気双極子相互作用の競合によって形成されていることも分かった。
これらの結果は,D2d対称性のホイスラー合金のみに限られていたアンチスキルミオン研究を大幅に拡大すると期待できるものだという。また,室温でトポロジカル磁気構造を容易に制御できるため,磁気記録デバイスへの応用研究に貢献すると期待できるとしている。