東京工業大学は,細胞内のATP(アデノシン3リン酸,生体内のさまざまな反応のエネルギー源となる化学物質)の濃度を非侵襲的かつ短時間で簡便に推定する手法を,繊毛運動を利用して開発した(ニュースリリース)。
ATP濃度は細胞の代謝状態を反映するため,細胞内のATP濃度測定は基礎生物学的にも医学的にも重要課題であり,これまでにさまざまな測定手法が確立されてきた。しかし,これらの方法は,リアルタイムでの観察と侵襲性がトレードオフの関係にあった。
今回,研究グループは非侵襲的な細胞内ATP濃度測定を目指し,ある種の真核生物の細胞から生えた毛のような「動く細胞小器官」である繊毛の運動に着目した。
繊毛の内部構造「軸糸」は細胞骨格である微小管から成る。微小管上に並んだモータータンパク質ダイニンが隣接する微小管に対してATPの加水分解エネルギーを使って構造変化することで滑り運動が起こり,繊毛は波打ち運動を行なう。このときの光のちらつきを光センサーで検出し,パソコンで高速フーリエ変換をしたピーク値が平均繊毛打頻度を示す。この方法により,細胞集団の平均繊毛打頻度は10秒程度で計測できるという。
繊毛は精子や微生物では細胞の運動装置として,また多細胞生物の表面では細胞外液の起流装置として機能し,重要なはたらきをする。また,繊毛の運動頻度(毎秒)はATP濃度依存的であり,繊毛を界面活性剤で除膜してATPを添加すると,露出した軸糸が運動し,その運動頻度はほぼミカエリス・メンテン式に従ってATPの濃度に依存して上昇する。
この研究は繊毛研究モデル生物の緑藻クラミドモナスを材料に,軸糸を運動させる方法を最適化することで,軸糸の運動頻度とATP濃度の関係式を導出した。また,生きている細胞の繊毛運動頻度を計測し,この式に代入して迅速・簡便・非侵襲的に細胞質内ATP濃度を推定することに成功した。
研究グループはこの成果について,繊毛を持っているさまざまな生物や器官の細胞内ATP濃度の非侵襲的な推定に貢献するものだとしている。