理化学研究所(理研),高輝度光科学研究センター,量子科学技術研究開発機構(量研)らの研究グループは,大型放射光施設「SPring-8」において,X線顕微鏡を用いて物体内部のらせん構造の向きを識別する新しい観察法を開発した(ニュースリリース)。
自然界にある生命現象や材料科学の根幹を担うさまざまな分子や結晶には,らせん構造が満ちあふれている。これらの構造が,自然界にどのように誕生したのか,科学技術にどう利用できるのかは,大きなテーマとなっている。
研究グループは,らせん構造を持つ物体の向きを識別するために,X線が透過する際「光渦」が生じることに注目した。光渦は,中心の周りにらせん階段状の波面を持ち,一周すると,波長の整数倍ずれた波面につながる構造を持つ。この整数は,位相が2πの周期で回った回数つまり「巻数」を表す。
光渦は,巻数に比例した中心軸周りの軌道角運動量を持つ。また,その中心点は,強度はゼロであり定まった位相を持たない波面上の位相欠陥となる。位相欠陥は,さまざまなスケールの物理現象でも生じ,広く研究対象になっている。今回,研究グループは,物体内部のらせん構造の向きを識別するために,動径(中心から外に向かう方向)および角度方向の微分に感度を持つX線顕微鏡を新しく開発した。
通信では,複素信号の時間微分の情報を取得するためヒルベルト変換が利用されている。今回の顕微鏡では,二次元のヒルベルト変換を施すことで,物体を通った波の振幅および位相の二次元分布の微分情報を取得し,物体の厚みなどが変化する領域をコントラストよく観察できる。
研究グループは,らせん構造を持つ物体を通って生じたX線光渦の巻数を調べるために,動径および角度方向の微分に感度を持つX線顕微鏡を使った。このX線顕微鏡では,物体のらせん構造の性質を光渦の波面に転写させ,結像レンズとしてらせんフレネルゾーンプレートを用いることで,らせん構造の向きを識別する。
実験では,物体を通って生じたX線光渦の巻数を求め,同時にらせん構造の位置情報を決定することに初めて成功した。研究では,モデル物質を透過させて観察したが,原子レベルのらせん転位を含んだ結晶試料を使えば,反射波面にらせんの性質を転写し,その識別に利用できると考えられるという。
今回の顕微鏡は,生命現象を理解する新しいツールとなるという。また,機能材料を特徴づける転位を観察することで,半導体素子,発光素子,高剛性の金属の特性との関係を解明し,高性能化し,また,効率良く開発することが可能になるとしている。