岡山大学,名古屋大学,東京大学の共同研究グループは,神経活動の「オフ」と「オン」を光でスイッチできる人工タンパク質を創成することに世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
ヒトの脳には1000億個を超える数の神経細胞が存在しており,記憶・睡眠・運動などを司る神経活動が成り立っている。神経活動は,細胞内外へと電荷を帯びたイオンが移動し電気が流れることで発生する。例えば,正電荷を帯びたイオンが細胞外から細胞内へと流入することで神経活動は「オン」になり,一方で,負電荷を帯びたイオンが細胞内へと流入することで神経活動は「オフ」になる。
最近,細胞内へのイオンの流れを制御する光感受性のタンパク質を用いて,神経活動を光で操作する技術(光遺伝学)が開発され,脳神経活動の全容の理解が進められている。これまで,神経活動を「オン」にするタイプのタンパク質は数多く開発されてきたが,一方で,神経活動を「オフ」にするタイプのタンパク質の開発は進んでおらず,自由自在に神経活動を操作するための技術的な障害となっていた。
生物の細胞膜には,光によって活動するレチナールタンパク質が存在する。研究グループは,単細胞藻類から見つかったレチナールタンパク質のアニオンチャネルロドプシン2(ACR2)に注目した。ACR2の中央部に存在する4つのアミノ酸残基に,異なるアミノ酸を導入した人工分子をヒト由来の培養細胞で合成し,性質を詳細に調べた。
人工分子に緑色の光を当てると,細胞外から細胞内への塩化物イオンの流入を長時間引き起こすことが分かった。次に<赤色の光を当てると塩化物イオンの流入を瞬時に停止できることがわかり,イオンの流入と停止を切り替えることが可能な新しいタイプの光スイッチ分子の開発に世界で初めて成功した。
細胞内への塩化物イオンの流入は,神経活動を「オフ」にすることができ,その流入を停止することで神経活動を「オン」に戻すことができる。そのため,人工分子を用いることで,緑色と赤色で自由自在に神経活動の「オフ」と「オン」を切り替えることができる。
記憶・睡眠・運動などを司る神経活動は,ヒトにとって必要不可欠な働きであり,正常な働きが破綻してしまうと,記憶や睡眠障害などの疾患につながってしまう。研究グループは,この研究成果で開発した光スイッチ分子を用いて自由自在に神経活動を制御し,からだの中で神経活動がどのような役割を果たしているのかを調べることで,健康推進や疾患の治癒,新薬の創成につながるとしている。