東北大学の研究グループは,視野安定をもたらす脳の情報処理機構について,視線移動の前後の視覚像の位置変化が見にくくなる現象,サッカード抑制が,視野安定の謎に迫る鍵になることを発見した(ニュースリリース)。
人間は視線移動に伴う網膜像変化を感じることなく,静止した世界を見ている。これは視野安定の問題と言われ,視覚科学の長年の謎の一つ。視線が移動する前と後で,見ているものが動いたとき,その動きが小さい場合にそれに気づかない現象(位置変化に対するサッカード抑制)の問題として研究が続けられている。
研究グループは,眼球運動中に移動する刺激(白い円)の移動方向を弁別するという課題(位置変化検出課題)を被験者に課し,その課題の正答率から視野安定の解決に迫る成果をあげた。
刺激はサッカードと呼ばれる急速眼球運動(視線移動)中に左右いずれかに移動し,被験者はどちらに動いたかを応答した。刺激の明るさ(背景に対するコントラスト)を変えることで刺激の強度を変えて,刺激の移動方向の正答率を計測することで,刺激の強度(見やすさ)が,視野安定を実現する視覚処理に与える影響を調べた。コントラストに対する影響を調べることで,視覚機能の基礎にある神経系の特性を明らかにすることができる。
実験によって移動前の刺激コントラストを高くすると正答率の上昇が確認できた。これは,見やすくなることで位置変化検出も容易になったということで,通常の感覚知覚処理の特性と言える。しかし,視線移動後(サッカード後)の刺激コントラストを高くすると,課題の正答率は低下した。つまり,見やすくなるほど位置変化の検出が難しくなった。
これは,これまで知られていなかった現象で,視野安定のメカニズムに深く関連することをモデルを使って示した。眼球運動前でのコントラストを増加させるほどより良く位置変化を検出できるのに対して,眼球運動後でのコントラストを増加させると位置変化検出が低下するのは,脳が眼球運動時には,眼球運動後の視覚情報を用いて積極的に位置変化の検出を抑制していることを示すという。
コントラストに対する感度の変化を調べることで,視覚神経系の特性と関連づけることができるが,その関係を利用することで,この抑制効果が初期視覚処理の2つの経路のうち一方の信号に依存するとのモデルで説明可能であることも示された。
視野安定という神秘的な現象を,脳の情報処理過程として解き明かすことは,将来,人と同じ視野安定機能を持ち,人が見る世界をより忠実に理解できるAIの実現にもつながる可能性があるとしている。