産業技術総合研究所(産総研),新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の研究グループは,室温付近で優れた性能を示すセレン化銀(Ag2Se)から成るn型の熱電変換材料を開発した(ニュースリリース)。
熱電発電デバイスの本格普及と熱電冷却デバイスのさらなる普及には,熱電変換技術の核となる熱電変換材料の高効率化,すなわち熱電性能指数ZTの向上が不可欠となる。
高い発電性能や優れた冷却性能を示す熱電変換材料には,高い熱電出力因子と低い熱伝導率が要求される。Ag2Seは,低い熱伝導率を示すことから,近年,n型の熱電変換材料として精力的に研究されてきたが,熱電出力因子が低く,高効率化に不可欠なZTは低い値に留まっていた。
今回の研究では,走査型透過電子顕微鏡を用いた観察により,低い熱電出力因子の原因を原子レベルで探った。その結果,Ag2Seには本来の直方晶系の結晶構造の領域のほかに,単斜晶系の結晶構造の領域がわずかに存在することがわかった。
この単斜晶系の結晶構造の領域がキャリアの移動を妨げるため,電荷を運ぶキャリアの移動度が低く,さらに,熱電変換材料ではキャリア濃度の最適化も必要だが,Ag2Seの場合は熱電変換材料としては高すぎる。低いキャリア移動度と高いキャリア濃度の結果,熱電出力因子が低くなっていたことを解明した。
また,単斜晶系結晶構造を抑制するために,化学組成でAg2Seよりもセレン(Se)をわずかに過剰にしたり,硫黄(S)をわずかに添加することで,単斜晶系の結晶構造の形成が抑制された試料を作製した。結晶構造を直方晶系に安定化させたことで,キャリア移動度が増加した。
移動度は,セレンをわずかに増やした化学組成Ag2Se1.01の試料で2500cm2V−1s−1,硫黄をわずかに増やした化学組成Ag2SeS0.01の試料で2000cm2V−1s−1まで向上した。また,セレンの増加や硫黄の添加によりキャリア濃度も減少した。
それらの結果,熱電出力因子が改善された。化学組成Ag2Se1.01では,熱電出力因子は高い値である3000μWm−1K−2に達した。熱電出力因子の改善によりZTも改善して,100℃のときは,化学組成Ag2Seの0.4から,セレンを増やしたAg2Se1.01で1.0,硫黄を添加したAg2SeS0.01で0.9まで向上した。
この値は,数十年もの間,唯一の実用材料であったBi2Te3に匹敵する。nmレベルでの構造制御という新しい材料設計指針によって,室温付近で使用できる熱電変換材料のZTを大きく向上できることを実証した。