慶應義塾大学,大阪市立大学,米フロリダ州立大学の研究グループは,極低温で超流動状態になった液体ヘリウム4において,常流体の穏やかな流れ(層流)に現れる異常な速度ゆらぎが,乱流となった超流動成分の量子渦との相互作用で生じることを明らかにした(ニュースリリース)。
2.17K以下の極低温で超流動状態になった液体ヘリウム4(4He)は,粘性の無い“超流体”と粘性を有する“常流体”の混合状態として記述される。この 2流体モデルは,1941年にランダウが理論的に提案したもので,液体ヘリウムのみならず超伝導でも用いられる標準モデルとなる。しかし,超流体と常流体の運動を分離して示されたことはこれまでなかった。
通常の粘性流体では層流の速度ゆらぎは小さいが,超流動ヘリウムの流動実験において,常流体は層流状態であるにもかかわらず流れの方向に依存する異常な速度ゆらぎが観測されていた。
この常流体の速度ゆらぎを検討するため,量子乱流と常流体が結合した2流体連立数値計算を行なった。1K以上の比較的高温の量子乱流では,超流体と常流体が互いに影響を及ぼしあっている。
通常の粘性流体の水面に垂直に枝を刺して動かすと,枝と水の間の粘性により,枝に引きずられた水がゆらぐ。量子渦が常流体中で運動すると,渦と常流体の間に働く相互作用によって常流体が引きずられてゆらぎが起こると予想される。
この研究では,高解像度で2流体を連立した数値計算を実行した。すなわち,量子渦の間隔よりも細かい計算格子を常流体に用いることで,渦が作り出す常流体のゆらぎを詳細に解析した。
流動状況は熱対向流(管の一端が熱せられることによって超流体と常流体が互いに反対方向に流れる対向流)で,この流れにより量子乱流が駆動される。結果として,流れ方向の速度ゆらぎが垂直方向よりも大きくなるという実験結果が再現できた。
通常の1成分の粘性流体では,流動速度が速くなると乱流に遷移するが,その乱れの種は壁面での強い速度差(せん断力)となる。通常の流体では,そのような壁が存在しないと乱流への遷移は起こらない。2成分をもつ極低温液体ヘリウムでは,量子渦との相互作用によって生じる常流体の速度ゆらぎが常流体を乱流化させる可能性がある。
このシナリオは,この研究の手法を用いて流動速度が大きい状況を実現することで,将来直接確認できるかもしれず,そのような乱流遷移の機構は多成分流体に特有のものであり,混相流など他の多流体系の物理との関連や普遍性が期待できるという。
この結果は,コヒーレント物質波系(超流動ヘリウム,原子気体BEC,ダークマターBECなど)や多成分流体系(液晶,プラズマ電磁流体,混相流など)の物理学への大きなインパクトが期待できるとしている。