量子科学技術研究開発機構(量研),芝浦工業大学(芝浦工大),日本原子力研究開発機構(原子力機構)の研究グループは,熱化学水素製造ISプロセスの主反応であるブンゼン反応の過電圧(反応時の消費エネルギーに相当)を従来法から7割近くも低減することに成功し,この成果により,太陽熱で駆動するISプロセスの水素製造効率を40%にまで向上できる見通しを得た(ニュースリリース)。
次世代エネルギーキャリアである水素の大規模・安定的な製造法として,ヨウ素(I)と硫黄(S)の化合物で水を熱分解するISプロセスが注目されている。水素製造効率40%(既存の水電解法よりも高い効率)に向けた重要な課題は,ISプロセスの主反応であるブンゼン反応の過電圧を従来の0.65Vから0.2Vに低減すること(大幅な省エネルギー化)だった。
反応過電圧の約7割が陽イオン交換膜の抵抗に因る過電圧なので,膜の低抵抗化が一番のポイントとなる。そこで量研は,量子ビームグラフト・架橋技術を用い,従来膜のイオン交換容量を約2倍にして膜抵抗を半減させつつ,このデメリットとして生じる膜の機械強度低下を防ぐためグラフト鎖の架橋密度を2倍に高めることで,新たな低抵抗陽イオン交換膜を開発した。
芝浦工大は,反応過電圧の残り3割を占める陽極反応(硫酸生成反応)に因る過電圧を低減するため,多孔質化した金陽極を開発した。さらに原子力機構は,膜抵抗や陽極反応活性の温度依存性から,ブンゼン反応の最適温度が50℃であることを見出した。
開発した陽イオン交換膜と金陽極を膜ブンゼン反応器に組み込み,50℃での試験を実施した。従来試験と比べて,膜抵抗の過電圧を約8割,陽極反応の過電圧を約4割減少できた。
その結果,全体の反応過電圧を目標値の0.2Vに低減することに成功した。この成果は,太陽熱の650 ℃という比較的低温でも水素製造効率40%の達成に見通しが立つこと,すなわち,技術的成立性を世界で初めて示すものとなる。
今後,実用化を目指し,プロジェクトで確立した各要素技術を統合して,ベンチ規模の水素製造試験を実施する予定だという。太陽熱駆動ISプロセスの技術を確立できれば,大量の水素を製造して燃料電池車や家庭用燃料電池に供給することが可能になり,「水素社会」構築への大きな貢献が期待されるとしている。