理化学研究所(理研),東京工業大学の研究グループは,シリコン中の単一電子スピンの「量子非破壊測定」に成功した(ニュースリリース)。
シリコン中の単一電子スピンは,長い量子情報保持時間と超高精度の量子演算が実証された一方で,「量子誤り訂正」など,測定結果に基づく量子情報処理に必要となる量子非破壊測定は実現していなかった。
シリコン中の単一電子スピンを読み出す手法として,これまでは主に,電子スピンを高速に検出可能な電荷へと変換する方法が用いられてきた。しかしこの方法では,電荷の検出過程で電子スピンが必然的に影響を受けてしまう。量子非破壊測定は,この問題を解消できる有力な方法だが,その実現には,スピン状態の自然な緩和を克服する「高速性」と,スピン状態の緩和を誘起しない「非破壊性」の両立が求められる。
そこで研究グループは,電子スピンの情報を,電荷としてではなく,いったん別の電子スピンに転写してから読み出すことを試みた。測定されるスピン量(上向きか下向きか)が転写の際に影響を受けないよう,局所的な磁場を加えることで,電子スピン間にイジング型の相互作用が働くように試料を設計した。
転写した後に,転写先の電子スピンの向きを従来通り電荷へ変換する方法で読み出すことで,検出速度の高速性と非破壊性を両立させ,シリコン中の単一電子スピンの量子非破壊測定に成功した。さらに,この手法は補助に同種の量子系を用いているため,拡張性への技術的制約が最小限に抑えられる。
量子非破壊測定には,測定される電子スピンの向きが変わらないという「非破壊性」と,電子スピンの向きの「読み出し」の機能が備わっている。これらを組み合わせることで,電子スピンの向きを確定させる「初期化」を実装することができる。これら量子非破壊測定の三つの機能が実際にどれくらいの精度で実行できているかを調べたところ,非破壊性が99%,読み出しと初期化が80%であることが分かった。
量子非破壊測定は通常の破壊測定と異なり,単一電子スピンを繰り返し測定することが可能となる。この性質を利用することで,読み出しの精度は最大で95%に達することが分かった。さらに,観測結果から精度の高い事象を予測する手法を開発し,下向きスピン状態への初期化(向きの確定)の精度を最大99.6%程度まで高められることを示した。
この研究成果により,シリコン中の単一電子スピンを用いた量子コンピュータに不可欠である「量子誤り訂正」の実現が大きく近づくとしている。