京都大学の研究グループは,蓄電池の正極材料の候補であり,既存のリチウムイオン電池を凌ぐ高容量材料として注目されている硫化物材料のうち硫化鉄リチウム(LixFeS5)に着目し,新奇相・物性の開拓に対する「イオン摂動」の有効性を実証した(ニュースリリース)。
蓄電池は,持続可能な社会の構築に資するとされるエネルギー貯蔵の中核を担う技術となる。この蓄電池の正極材料の候補として,既存のリチウムイオン電池を凌ぐ高容量材料である硫化物材料が注目されている。
この研究ではまず,出発組成(Li8FeS5)を合成するため,硫化リチウム(Li2S)と硫化鉄(FeS)の比率を4:1とした粉末試料に熱処理を行なった後,メカニカルミリングを行なった。
電気化学的手法により,合成したLi8FeS5からリチウムを抜く(充電する:脱離)とLi2FeS5となり,次にリチウムを入れる(放電する:挿入)とLi10FeS5へと変化した。この過程において,リチウムの数が異なるいくつかの組成(LixFeS5)で電子・磁気物性を精査した。
これらの物質は硫化物であるため,測定は大気非曝露で行ない,第一原理計算も併用した。その結果,LixFeS5の相図(物質の状態変化を表す図)の構築に成功した。
具体的には,出発組成Li8FeS5からリチウムを引き抜くと,非磁性を示した。一方,リチウムを入れると磁化が増大した。磁化は温度に依存して変化し,低温でピークを示した。この時のピーク温度や磁化の磁場依存性から,Li10FeS5の磁性は強磁性ナノ粒子に起因する超常磁性であると考えられるという。
また,磁気力顕微鏡を用いて,微視的にも磁性を調べた結果,磁場反転に伴うスピン反転を検知することができた。さらに,第一原理計算の結果,異常低原子価である1価の鉄イオン(Fe+)のスピンが,こうした磁性を担っていることが示唆された。
次に抵抗顕微鏡により局所的な電子抵抗を評価したところ,充電後は金属のような小さな値で,放電後は比較的大きな値だった。光電子分光法により明らかになった充電後の金属的電子構造と放電後の絶縁体的電子構造もこの描像を支持している。この研究によって,リチウムの挿入と脱離により,LixFeS5の電子・磁気相が顕著に変化することがわかった。
この研究成果で提案するイオン摂動は,イオン種の電気的な挿入と脱離を独立に制御することで,電気的,磁気的特性が全く異なる2つの相を可逆的にスイッチングでき,概念としても意義深いという。また移動可能なイオンの数をさらに増やすことによって,新奇の相・ 物性を開拓できるとしている。