東京大学の研究グループは,シロイヌナズナの葉に,野外変動光を模した光合成駆動光に遠赤色光を加えて照射した結果,遠赤色光の補光によって光合成速度が増加すること,遠赤色光の効果は光の強さが頻繁に変化する変動光環境下で顕著に見られることを明らかにした(ニュースリリース)。
光合成に利用される光は400–700nmの波長域に限られ,光合成有効放射とよばれる。光によって,2つの光化学系(IIとI)が励起され,光合成が進行する。
しかし太陽光には,光合成有効放射だけでなく遠赤色光も豊富に含まれている。さらに,野外光環境は,光の強さ(光強度)と質(波長特性)が遮蔽物の影響によって絶えず変化する「変動光環境」てある。
これまでの光合成測定は,遠赤色光を含まない光合成有効放射で行なわれてきた。また,光強度が変化しない定常光下で行なわれるのが一般的だった。
研究グループは,遠赤色光が光化学系Iにのみ作用することから,変動光下の光合成応答における遠赤色光の役割を精査すべく研究を行なった。
研究は,モデル植物のシロイヌナズナで行なった。光合成励起光と遠赤色光の光源にはLEDを用い,変動光はプログラムで厳密に制御して照射した。
光合成を測定するため葉の光合成によるCO2濃度減少と蒸散による水分濃度増加を測定し,葉のCO2交換速度を見積もった。さらに,光合成反応の初期反応の場である光化学系IIの活性と光化学系IIの熱散逸機構の活性(NPQ)とを,パルス変調クロロフィル蛍光測定法によって算出した。
その結果,遠赤色光補光の効果(光合成速度増加)は,変動光の強光期では見られなかった。一方で,強光期から弱光期に切り替わると,光合成速度と光化学系IIの活性は,遠赤色光補光により有意に増加した。
NPQの解消も遠赤色光存在下で速かった。遠赤色光の補光効果を光強度一定の定常光下で解析したところ,光合成とNPQの変化はわずかだった。
これらの結果から,遠赤色光による光合成速度促進効果は,吸収した光エネルギーの利用(光合成)と廃棄(熱散逸)の素早い切替によって達成されること,変動光下で強光から弱光に切り替わった際に顕著であることが明らかになった。
今回,単独では光合成を駆動しない遠赤色光が光合成の調節に深く関わっており,光エネルギーや電子の渋滞緩和のための交通整理の役割を果たしていることがわかった。
研究グループは,今回の結果は食料不足問題の解決に向けた光合成能増大作物の創出に新たな可能性を与えるものとしている。