量子科学技術研究開発機構(量研)は,京都大学と共同で,生命現象や細胞内環境を精密計測するための超高感度センサーとして注目される「ナノ量子センサー」を発展させ,ナノサイズのリアルタイムpHセンサーを初めて実現した(ニュースリリース)。
ナノダイヤモンドを材料とする「ナノ量子センサー」は,結晶中の格子欠陥「NVセンター」の蛍光を介して様々な物理量を計測可能な,100nm以下の微小センサー。細胞の中に導入し蛍光顕微鏡で観察することで,温度や電場,磁場などの計測が可能となるため,特に生命科学の分野で注目を集めている。
一方,これまでナノ量子センサーを用いたpH計測についても世界中で研究されてきたが,何度も計測可能な有効な計測法は見つかっていなかった。
NVセンター中の電子には3種類の向き(スピン量子状態)が存在するが,緑色光を照射すると全てのNVセンターが同じ向きに揃うことが知られている。
ただし,緑色光を止めると電子は再びバラバラの方向を向いてしまう。このことを「緩和現象」と呼ぶ。そして周りに電荷など雑音となるものが多いほど緩和は速くなる傾向にある。
またNVセンターには,電子の整列の度合いによって蛍光の強さが異なるという性質もある。つまり,蛍光量の変化を測ることで緩和に要する時間(=緩和時間)を知ることができる。以上の2つの性質から,pH依存的に帯電が変化するナノダイヤモンドを用いれば,蛍光顕微鏡でpHのナノ計測を行なえるのではないかと考えた。
実際に,pHに依存して電荷量が変化する化学構造をナノダイヤモンド表面に付したセンサーを作成したところ,ナノダイヤモンドの発する蛍光が外部のpHに従って変化することを明らかにした。これにより,顕微鏡下で生きた細胞内のpHをリアルタイムで計測可能なナノ量子センサーを世界で初めて実現した。
研究グループが作製したナノ量子センサーは,新たにpHが計測できるようになっただけではなく,温度や磁場を測る従来の量子センサーの能力もそのまま有する。また,原理的にはpHセンサー以外のさまざまなセンサーのナノサイズ化にも応用できるという。
今後研究グループは,細胞を老化させるフリーラジカル,細胞のエネルギー産生に関係するグルコースやATPなどを検出するナノセンサーの開発も試み,pH以外にもさまざまな情報を同時に計測することで生きた細胞の詳細な解析を行なっていく予定。
また,老化に伴う細胞内部の変化のモニタリングのほか,パーキンソン病やがん化に向かいつつある細胞の検出,再生医療における幹細胞の品質管理なども実現していくとしている。