大阪市立大学とロシアノボシビルスク州立大学の研究グループは,パルスマイクロ波分光技術を用いて,液相中で電子スピン量子ビットの初歩的な量子状態の制御を実証した(ニュースリリース)。
近年,固体NMR(核磁気共鳴)において電子スピンを媒介した動的核スピン分極(DNP)を用いたNMR信号増幅効果や,量子コンピューターの構成要素である量子ビットへの安定なラジカルの応用が盛んになっている。
分子合成の面から複数のラジカル部位を含むマルチスピン系の開発が進む一方で,電子スピンDNP効果の由来を解明したり,複数電子スピンの量子状態の制御によって量子コンピュータを開発する新たな方向性,そのための新たなマイクロ波技術開発も探索されている。
研究では、安定なラジカルとして異なるg値(磁気的性質)をもつトリチルラジカルとニトロキシドラジカルに着目し,ラジカル間に働く量子力学的な力(交換相互作用)が制御用外部電磁波の強度と同程度になるように設計したビラジカル2種を合成した。
電子スピン共鳴(ESR)スペクトルから,今回合成したビラジカルがいずれも理論的に予測された値と近い交換相互作用をもつことを明らかにした。
これまで類似の化合物でよく似たスペクトルが観測され,異なる2つのビラジカルの重ね合わせで説明されていたが,今回のビラジカルについては,異なるマイクロ波を用いる多周波ESR分光法を適用することによって,ESR信号の分裂が交換相互作用に由来することを実証した。
また,量子ビットとして分子中の不対電子スピンを利用する,量子スピンコンピュータの動作技術開発の一環として,任意波形パルスマイクロ波技術を適用した量子状態制御の実験を行なった。任意波形信号発生器(AWG)で作成した任意波形マイクロ波パルスを液相中のビラジカルに照射することによって,ビラジカル系の量子スピン状態を操作できる。
パルスESR法を用いたフーリエ変換ESRスペクトルは,トリチルラジカル由来の信号が強く,ニトロキシドラジカル由来の信号は弱いものだった。ニトロキシドラジカルの信号が強くなるパルス波形を設計したところ,ニトロキシドラジカルの信号が相対的に増強されたスペクトルを得た。
これはAWGを用いた新しい分光法を通じて,計算により最適化された任意波形マイクロ波パルスによって効果的に特定の量子状態が操作できることを示す初めての成果。
今回新たに合成されたビラジカルは,従来型のNMR測定の感度を飛躍的に増幅するDNP効果をもち,900倍の測定時間短縮を実現した。
この成果は,化学結合に与らない不対電子をもつ異なるラジカルが弱く交換相互作用する量子ビットモデルの分子設計の指針を与え,より多数の量子ビットからなる系に関して,高度な量子状態制御の技術開発に貢献できるとしている。