京都大学と大阪市立大学の研究グループは,極低温の分子を用いた精密分光実験により,物理定数である電子と陽子の質量比(~1/1836)の不変性の検証を行ない,分子を用いた最も高精度な検証実験となる,1年あたり14桁の精度での検証に成功した(ニュースリリース)。
微細構造定数(α~1/137)や電子と陽子の質量比(μ~1/1836)などの無次元の物理量は,現在の宇宙においてなぜこれらの値になっているのか,さらに時間・空間的に変化するのかどうかは,現在の理論では答えることのできない謎で,実験的に検証するべき問題となっている。
特に,これらの値に変化を及ぼす現象は全く見つかっていないことから,新しい物理法則に直結する問題となっており,可能な限り高精度に検証を行うことが重要となっている。
これまでに,極低温の原子を用いた実験で電子陽子質量比の不変性の検証は行なわれていたが,電子陽子質量比の変化に対する原子準位のエネルギーの変化率の理論予想の精度が低いことが問題だった。これに対して,分子準位のエネルギーは電子陽子質量比の変化に直接的に変化するため,変化率を高精度に予想可能。これまで分子を用いた検証実験も行なわれていたが,常温の分子を用いていることから,これ以上の高精度化が難しかった。
研究グループはこれまでの研究で,レーザー冷却された極低温原子から極低温分子を生成する技術(光会合)に加え,極低温分子の振動・回転・電子スピン・核スピンなどのすべての自由度を制御する技術(誘導ラマン断熱遷移)を開発していた。今回の研究ではそれを電子陽子質量比の不変性検証に応用した。
特に,電子陽子質量比の変化に敏感な準位と鈍感な準位が近接している組み合わせを見出し,それらの間のエネルギー差を高精度に分光測定することで,検証を行なった。これらの準位を用いることにより,測定する周波数の精度に対して,1.5万倍も増幅された精度で電子陽子質量比の不変性が検証された。測定の結果,常温の分子を使った測定よりも5倍以上高精度な検証を実現した。
今回の測定では,分子をトラップしていないために,分子が拡散してしまうことで分光線幅が制限されている。今後の研究で極低温分子を光格子にトラップし,分子の拡散を抑えて観測時間を長くすることによって,1Hz程度まで線幅を細くできると考えられるという。研究グループは現在,今回よりも2~3桁高い精度でのμの安定性評価を目指すため,新たな装置を開発している。