自然科学研究機構核融合科学研究所(NIFS)は,ナノメートルの世界におけるイオンビームを用いた彫刻技術を開発し,金属の中で最も硬いタンスグステンの表面の極近傍を100nm以下の超薄膜に削り出すことに成功した(ニュースリリース)。
自動車,航空機,建築物には,金属,炭素,セラミックスなど硬い材料が使われ,その表面の極近傍には原子レベルの大きさの損傷や欠陥が生じる可能性がある。
材料の寿命予測や新材料の開発においては,どのような種類の損傷がどの程度の深さまで形成されるかを調べることが必要。そのためには,材料表面の極近傍の断面(表面に対して垂直な断面で最も表面に近い領域)をナノスケールの分解能で精密に観察しなければならない。
ナノスケールの世界の観察には透過型電子顕微鏡が用いられる。材料表面の極近傍断面を透過型電子顕微鏡で観察するには,材料表面から試料片を切り出した後,その試料片を,電子ビームが透過しやすくなるように,最表面部を残しつつ100nm以下の厚さの超薄膜に切削加工しなければならない。ところが,硬い材料をこのように超薄膜化することは極めて難しく,従来の技術ではほぼ不可能だった。
研究グループは,材料に金属の中で最も硬いタングステンを用い,超薄膜化には集束イオンビーム/電子ビーム加工観察装置(FIB-SEM)を使用した。FIB-SEMは,直径約30nmの細さのガリウムイオンビームを材料に照射することで,ナノスケールの切削加工を行なう装置。
今回の研究では最表面を残すように,イオンビームの照射位置と方向を工夫した。そして,それらを微妙に調整しながら,何度もイオンビームを照射することで少しずつ薄くしていった。その結果,タングステンの最表面を残した状態での100nm以下の超薄膜化に成功した。
完成した超薄膜を透過型電子顕微鏡で観察した結果,表面の極近傍に生じている原子レベルの損傷をはっきりと確認することができたという。このようにナノスケール彫刻技術によって透過型電子顕微鏡を用いた超高分解能観察が可能になったことで,核融合炉において重要な材料であるタングステンの寿命予測などの精度向上が期待できる。
研究グループは,今回開発した技術は,タングステンだけでなく,その他金属材料,半導体,炭素材料,セラミックスなど硬い材料にも応用できるという。現在は自動車産業への応用展開を検討している。