大阪大学と東京大学は,高性能熱電材料セレン化スズに外部圧力を印加した状態で熱電効果と同時に磁気抵抗効果を高精度で測定する手法を開発した(ニュースリリース)。
物質中の電子は,ある特定の運動量を持つ状態のエネルギーが低くなり,電子バレー(谷)を形成している。現在捨てられている熱エネルギーを,新たに燃料を燃やすことなく温度差として取り出すことにより,直接電圧(熱起電力)に変換する熱電変換技術は,クリーンで環境にやさしい発電技術として幅広い応用が期待されている。
これまで,優れた熱電性能を達成するためには,物質中の電子状態,特に特定の運動量を持つ電子が安定化することで形成されるバレー状態を最適化することが,最も有効であると提唱されてきた。しかし,バレー状態の実験的な観測手法は限られており,その制御を同時に行なうことは困難であったため,具体的な影響については解明されていなかった。
今回,研究グループは,セレン化スズに外部から圧力を印加することで,室温を含む幅広い温度領域で,熱電性能(電力因子)が2倍以上増加することを発見した。さらに,磁場中の電気抵抗変化(磁気抵抗効果)を高精度で同時に測定することにより,電子バレーのサイズを反映した抵抗の振動(量子振動現象)を検出し,異なる運動量を有するバレーが圧力印加により新たに形成されることを直接観測することに成功した。
これにより,複数のバレーが存在するマルチバレー状態が,高い電気伝導と熱起電力を両立させ,電力因子の向上につながったことを明らかにした。
またバレー状態の変化は,1960年代に物理学者リフシッツが理論的に提唱したトポロジカル転移(リフシッツ転移)であり,通常の相転移に分類されないため,基礎物理の観点から長年注目を集めている。今回の研究は,リフシッツ転移と熱電性能の密接な関連を実証しており,基礎と応用を結ぶ成果という。
さらに,理論計算によりバレー状態の圧力変化を再現することにも成功し,熱電性能に有利なマルチバレー状態を実現できる結晶構造の特長を明らかにした。
研究グループは,近年,原子層デバイスでは電子の電荷やスピンに加え,バレーを利用した新しいエレクトロニクスの確立が期待されており,今回の研究成果によりセレン化スズが,原子層新材料として応用展開されることも期待できるとしている。