産業技術総合研究所(産総研)は,岩手大学,奈良先端科学技術大学院大学,大阪大学らと共同で,2成分の分子から成り,近赤外光を可視光に変換(光アップコンバージョン:UC)する固体材料を溶液塗布法(迅速乾燥キャスト法)によって作製した(ニュースリリース)。
近年,有機色素分子間の三重項-三重項消滅(TTA)と呼ばれる現象を利用したUC(TTA-UC)が太陽光程度の弱い光にも適応できるため注目されており,デバイスとして扱いやすい固体の材料が求められている。
TTA-UC材料には増感剤と発光体の2成分が用いられるが,今回,研究グループは増感剤には近赤外光を吸収するように設計したポルフィリンを金属錯体を合成して用い,一方,アップコンバージョン発光を担う発光体にはエネルギー準位を揃えた多環芳香族炭化水素を用いた。
これまで同様の成分を用いた固体TTA-UC材料があったが,光を吸収した増感剤から発光体への三重項-三重項エネルギー移動の効率が低かった。そこで,今回,発光体からなる固体中に少量の増感剤が均一に分散している構造の固体TTA-UC材料を作り出すため,2成分を含む混合溶液を乾燥させて固体化する際に,2成分が分離しないように迅速乾燥キャスト法を用いた。
増感剤と発光体を含む混合溶液を,条件を最適化してガラス基板上にキャストした後,乾燥して直径1cmほどの増感剤と発光体の混合固体膜を作製した。この固体膜は数十μm程度の多数の丸い固体微粒子から成り,790nmの近赤外光を照射すると,570nmをピークとする可視光(黄色)のアップコンバージョン発光を示した。
この得られた微粒子1粒ごとのアップコンバージョン量子収率を顕微分光法で評価したところ0.5%程度で,しきい値光強度は0.1W/cm2と,従来より低い光強度だった。また今回開発した固体TTA-UC材料を脱酸素状態で保管したところ,アップコンバージョン量子収率は140日以上変化しなかった。
フェムト秒およびナノ秒の過渡吸収分光法や時間分解発光分光法などを用いて各過程の励起状態ダイナミクスの解明に取り組んだ結果,今回開発した固体TTA-UC材料中では三重項-三重項エネルギー移動過程がナノ秒程度と極めて高速で,三重項-三重項エネルギー移動効率が88%以上と,高い値を示した。
また,近赤外光を吸収して三重項に変化する過程の効率はほぼ100%だった。一方,TTA過程は36%程度の効率で,最終的に全体の効率を制限している主な過程は発光体の発光量子収率であることがわかったという。
研究グループは,今回開発した固体材料は,セキュリティーインク,ディスプレーなどの表示用途が期待できるほか,この技術を発展させ,効率が向上すれば,ペロブスカイト太陽電池や人工光合成などの太陽光変換デバイスの効率向上につながるとしている。