広島大学は,英放射光施設(Diamond Light Source),独放射光施設(Deutsches Elektronen-Synchrotron:DESY),近畿大学と共同で,ナノスケールの空間分解能と角度分解光電子分光(ARPES)の実験自由度を融合した「機能的ナノARPES装置」によって,銅酸化物高温超伝導体(YBa4Cu4O8)の試料表面に露出した異なる原子面を空間的に選別し,物質内部に保護された,物質本来の性質に関わる電子の振る舞いを明らかにすることに成功した(ニュースリリース)。
電子の状態を直接的に調べることができるARPESは,今日の固体物性研究を牽引する重要な実験手法として知られ,実験手法・装置の高度化も世界的に競って進められている。しかしARPES実験では,光を物質に照射し,放出される電子を調べるため,照射された空間領域(ビームサイズ)よりも小さい対象を測定することが困難だった。
今回,研究グループは,高空間分解能と多機能性を両立することを目的として,Diamond Light Sourceに機能的ナノARPES装置を開発・建設した。この装置を利用すると,240nmの空間分解能で,試料表面の位置を選択しながら,電子の運動を高精度に調べることができる。
また,入射光エネルギー(60-100eV)・偏光(直線・円)・試料温度(最低30K=マイナス243°C)が可変であり,光電子の試料表面空間分布や2次元角度分布を効率的かつ自動的に測定できる。この装置の大きな強みは高空間分解能と多機能性を融合したことにあるという。
ARPES測定では,測定前に清浄な試料表面を取得することが必要。今回の研究で調べたYBa4Cu4O8は層状物質であり,試料を超高真空中でへき開することで清浄表面を得ることができる。
しかし,Y系銅酸化物は,2次元的なCuO2面の層に加えて,1次元的なCuO鎖層が存在する特徴的な結晶構造を取る。そのため,へき開表面には,CuO層とBaO層による2種類の終端面が混在し,電子の振る舞いを研究する上で障害となっていた。
そこで,研究グループは,開発した機能的ナノARPES装置を用いることで,YBa4Cu4O8の試料表面に不均一に存在する終端面の空間分布を確定し,個々の終端面ごとに電子の振る舞いを精密に計測することに成功した。
研究グループは今回,表面に析出したCuO鎖(CuO終端面)では,電子が絶縁体的な振る舞いを示す一方で,物質内部に保護されたCuO鎖(BaO層)では,電子が金属的(自由電子的)な振る舞いを示すことが初めて直接的に明らかにした。確立した実験手法は,高温超伝導の謎を解く糸口になるものとしている。