総合科学研究機構(CROSS)と高エネルギー加速器研究機構は,水素貯蔵材料として期待されている水素化マグネシウムMgH2の物質内部での水素の動きをミュオンスピン回転・緩和法(μSR法)により微視的に観察することに成功した(ニュースリリース)。
水素は二酸化炭素を排出しないエネルギー源として,燃料電池をはじめとするさまざまな方面・用途での活用が期待されている。水素を安全に運搬・利用するため,水素貯蔵材料に注目した数多くの研究がなされている。
MgH2もこのような物質のひとつ。特に水素化物として水素を含んでいるタイプの水素貯蔵材料は,高温で化合物が分解する反応で水素を取り出すため,いかに低温でこの反応を起こさせるかが重要な研究テーマとなっている。
水素が物質から放出される温度,すなわち水素脱離温度は,水素貯蔵材料の性能を測る重要なパラメータの1つである。従来MgH2では,合成した粗大粒の試料を粉砕加工することにより,水素脱離温度が大きく低下することは知られていたが,なぜそのような効果が得られるのかは不明だった。
そこで研究グループは,μSR法を用いて試料中の水素の拡散の様子を測定した。ミュオンは磁石の性質をもった粒子で,加速器で生成されるとき磁石の向きが自然に100%そろった状態となることから,物質内部にミュオンを打ち込み,ミュオンの静止位置での磁場を高感度に観察するμSR法と呼ばれる計測手法が広く利用されてきた。
特に水素が物質内部を拡散する物質においては,ミュオンは水素の原子核(陽子)がつくる微細な磁場も感度よく検出し,かつ水素が物質内を動く様子も観測することができる。
今回の実験では,水素化マグネシウムMgH2のμSR法測定を,極低温から水素脱離温度(条件によって異なるがおよそ400℃)をまたいだ高温までの幅広い温度領域で実施した。
さらに,そのうちの比較的高温領域については,脱離した水素ガス圧力も同時測定した結果,水素脱離温度より低い温度において物質内で水素が拡散し始める様子を微視的に捉えることに成功した。
今回の実験により,粉砕粒の表面から水素の脱離が進み,そうしてできた隙間に別の水素が移動し,順繰りに水素が動くことでスムーズに脱離するようになり,結果として脱離温度が低下するという水素脱離反応の仕組みが見えてきたという。
この結果は物質内で脱離し始めた水素をいかに素早く取り除けるかが比較的低温での水素脱離反応に重要であることを示すもの。今後の類縁物質の実用化に向けて,水素脱離温度低下への取り組みに明瞭な指針を与える結果であり,その場観察μSR法による水素・イオン伝導物質の研究展開を期待させる実験結果だとしている。