量子科学技術研究開発機構(量研)は,低線量率放射線被ばく後の発がん影響と線量率の関係を,動物実験によって明らかにした(ニュースリリース)。
放射線に被ばくするとがんリスクが増加する場合があるため,放射線から人を防護するための様々な基準が設けられている。これらの被ばくの基準は,主に原爆に被爆された人々を調査して得られた科学的知見をもとに作られている。しかし,日常では「じわじわ」と被ばくする(=線量率が低い)ことが多く,原爆の放射線のように急な(=線量率が高い)被ばくとは異なる。
乳腺は,線量率の高い被ばくによってリスクが増加することが知られているが,線量率の低い連続的な被ばくによる乳がんリスクへの影響については知見が多くなかった。
研究グループは,まず,成体(7週齢)のラットに合計4グレイのセシウム137ガンマ線を,毎時3ミリグレイから毎時60ミリグレイまでのさまざまな線量率で照射した。比較のために照射しないラットも用意し,それらを90週齢まで長期間観察して,乳がんの発生を調べた。
その結果,毎時60ミリグレイで照射した後には乳がんのリスクが明らかに増加したが,毎時24ミリグレイ以下で照射した後には,ほとんど増加が見られなかった。同じ実験で乳腺の良性腫瘍が発生するリスクも調べたが,こちらは線量率の増加にしたがって徐々に増加した。
乳腺には,母乳を作るという機能を担う細胞(分化の進んだ細胞)と,その元になる細胞を増やす細胞(未分化で増殖性の細胞)があるが,乳がんは分化度の低い細胞から,良性腫瘍は分化がより進んだ細胞から発生すると考えられている。今回のことから,線量率が低い被ばくの場合に,ラットの乳がんの元になる細胞をがん化から守る何らかのメカニズムがあり,このメカニズムは良性腫瘍に対しては働きにくいことが示唆された。
また、思春期前後(3~7週齢)及び成体(7~15週齢)のラットに,上記の実験では乳がんリスクをほとんど増加させなかった毎時6ミリグレイの線量率で,合計1~8グレイの放射線を連続照射し,対応する時期の急照射の結果と比較した。その結果,毎時6ミリグレイの連続照射を思春期前後に受けた後の乳がんのリスクは,成体期に受けた場合のリスクと比べ,高いことがわかった。
急照射の場合のリスクは年齢によってほとんど違いがなく,連続照射の影響は急照射と比較して,思春期前後では半分程度,成体では9分の1程度だった。研究グループは,今後他の臓器を対象に同様の研究を展開していくことで,低線量率被ばくの影響の年齢差の全容を明らかにすることができるとしている。