京都大学,科学技術振興機構(JST)らの研究グループは,目の丸い形の元となる「眼杯組織」の形態が作られる仕組みを解明した(ニュースリリース)。
近年,iPS細胞やES細胞を試験管の中で培養し,人工的に作製した細胞・組織を人体へ移植する「再生医療」の研究が盛んに行なわれている。しかし現在のところ,網膜のような複雑な構造を持つ器官の立体形状を再現よく作製する技術は実現できていない。
今回研究グループは,数多くある器官の中でも,網膜の組織の元となる「眼杯組織」に着目した。この眼杯組織は,複数の細胞種からなるカップ状の丸い形をした組織であり,再生医療で移植が検討されている網膜組織を含んでいる。
以前,研究グループは,ES細胞を培養して眼杯組織を作製することに成功し,眼杯組織の丸い形が脳組織から突出した神経組織のみの力で作られることを明らかにした。また,内側に入り込む領域で特異的にミオシンと呼ばれるタンパク質の活性が弱まることや,細胞増殖がカップ形成に重要な役割をすることが分かっていた。しかし目の丸い形が作られる詳しい仕組みは未解明なままだった。
眼杯組織の形作りでは,多くの細胞が増殖したり,死んだり,異なる細胞種へと分化したり,変形したりしながら,組織全体の立体的な形を作る。研究グループはこのような複雑な形作りの仕組みを理解するため,コンピュータを使って組織の立体的な動きを予測する,新しいシミュレーション技術を開発した。
このシミュレーション技術により,コンピュータ内のバーチャルな世界で器官の形作りを再現し,その仕組みを予測できるようになった。さらに,シミュレーションによって予想された仕組みが正しいかどうかを,ES細胞から作製した眼杯組織を使った実験で確かめ,眼杯組織の形作りの仕組みを解明した。
この研究の結果,網膜組織の境界の細胞は,機械的な力を通して眼杯組織全体の変形度合いを感じながら,その丸い形を微調整していることが明らかになった。
これまでの研究で,組織内に広がる液性の分子が組織の形の一部を調節することが分かっていたが,液性の分子だけでは立体的な組織全体の形の変化を1つ1つの細胞へ正確に伝えることは困難。一方で,機械的な力はこのような立体的な形の変化を各細胞へ伝えることが可能なことが分かった。
研究グループはこの研究が,「器官の形作り」に対する機械的な力の新しい役割を示しており,今後の再生医療に必要となる,試験管内での複雑な組織・器官の作製に役立つとしている。