東京工業大学の研究グループは,炭素原子を連結した不安定分子「ポリイン(C≡C)n」に金属錯体をドーピング(導入)することにより,大気中で安定して高い伝導性を示す新たな単分子ワイヤーの開発に成功した(ニュースリリース)。
従来のシリコン半導体技術を踏襲した高性能化は年々開発コストが高くなっており,代替となる電子回路構築法が模索されている。分子エレクトロニクスは分子を素子と見立て,様々な機能を有機合成的手法により作り出すことが可能であり,高性能電子回路を構築することが期待されている。一方,有機物と電極間に生じる大きな抵抗に伴い,期待される機能が十分に発揮できないという課題があった。
研究グループは,高い伝導度を有する分子素子の候補として,炭素原子を連結したポリインに着目。ポリインは理論的に高い伝導性が予測されているものの,高い自己反応性により熱力学的に不安定であり,爆発性を示すことが知られている。そのため,そのままでは伝導材料としての利用が困難だった。
そこで,研究グループは高い伝導性かつ安定性を実現するために,金属錯体をポリインへ「ドーピング」する手法を考案した。金属錯体は配位子と呼ばれる嵩高い部分を有しており,これが自己反応を防ぎ,安定性を高めることに成功した。
STMブレイクジャンクション法を用いた単分子電気伝導度計測から,電極との接続部としてピリジン基を用いた分子ワイヤーに比べて約100倍,チオエーテル基を用いた分子ワイヤーに比べて約6倍高い性能を実現した。距離と伝導度のプロットから,分子と電極間の接触抵抗が極めて小さいことが要因の一つであることが明らかとなったという。
高い伝導性を示すメカニズムを調査するために,密度汎関数法・非平衡グリーン関数法による解析を行なった。その結果,伝導に寄与する分子軌道が電極近傍のエネルギー準位付近に存在していることが明らかとなった。また,金属錯体のない有機ポリイン化合物では分子軌道と電極のエネルギー差が大きいことから,金属錯体の「ドーピング」が高い伝導度の鍵であることも明らかになった。
今回の研究から有機分子ワイヤーへ金属錯体を導入することで,高い伝導度が実現できることを実証した一方,分子長が長くなるにつれて伝導度が減衰する減衰定数は有機ポリインワイヤーと同等であることが課題として残った。今後は数ナノメートル長においても高い伝導性を保つ分子ワイヤーの開発を目標とするという。