理化学研究所(理研)は,大腸菌にレーザー光を照射したときのラマン散乱光が,大腸菌が持つ薬剤耐性の違いによって異なる特徴を示すことを明らかにした(ニュースリリース)。また,この現象を応用し,薬剤耐性大腸菌の種類を非染色・非侵襲・短時間で,しかもほぼ100%の確率で判別する方法を開発した。
近年,抗生物質が効かない薬剤耐性を獲得した細菌(薬剤耐性菌)の増加が問題となっている。しかし,細菌の一般的な薬剤耐性検査では,増殖阻害効果の測定や遺伝子解析を抗生物質ごとに行なっており,検査に要する時間やコストが課題となっている。
研究グループは,ラマン散乱に着目。細胞はタンパク質,核酸(DNAやRNA),代謝物といったさまざまな分子で構成されているため,単一色の光を当てても,細胞から得られるラマン散乱光はさまざまなピークを持つスペクトルとして計測される。スペクトルの形状は細胞内部の分子組成を反映することを利用し,薬剤耐性菌の種類を判別できると予想した。
そこで,多種類の試料のラマン散乱スペクトルを自動取得する「ハイスループットラマン散乱分光装置」を開発した。この装置は96の試料を培養できる96ウェルプレートを備えており,複数の試料を連続して計測することができる。
ハイスループットラマン散乱分光装置を使った実験では,実験室内での長期培養によって薬剤耐性を持つように進化した10種類の大腸菌株とその親株(薬剤耐性獲得前の大腸菌)をウェルプレートでそれぞれ独立に培養し,合わせて11種類,計約200試料を用意した。そして,試料のラマン散乱スペクトルを自動取得した。
次に,これらのスペクトルのデータ群を用いて,機械学習により未知の薬剤耐性大腸菌のスペクトルの判別を試みた。その結果,11種類全てほぼ100%の確率で,しかも1試料あたり約10秒という短時間で判別できた。さらに,それぞれの薬剤耐性大腸菌の遺伝子の発現パターンと,ラマン散乱スペクトルとの関係を調べた結果,各薬剤耐性大腸菌の幾つかの遺伝子の発現量と,スペクトルのいくつかのピーク強度との間に強い相関があることが分かった。
この手法は,今回解析した20種以外のさまざまな遺伝子の発現量とスペクトルの関係をデータベース化することで,光を当ててラマン散乱光を計測するだけで,遺伝子の発現量を簡易的に推定できるようになると期待できるという。センサー技術の向上や,人工知能を含む機械学習技術の飛躍的な進歩によって,ひと昔前までは実現困難だったこれらの手法も,現実的な目標になりつつあるとしている。