東京工業大学,神奈川県立産業技術総合研究所らの研究グループは,これまでに発見された材料の中で最大の体積収縮を示す”温めると縮む”負熱膨張材料を発見した(ニュースリリース)。
ほとんどの物質は,温度が上昇すると熱膨張によって長さや体積が増大する。光通信や半導体製造などの精密な位置決めが要求される局面では,この熱膨張を,昇温に伴って収縮する“負の熱膨張”を持つ物質で補償する。しかしながら,負の熱膨張を持つ材料の種類は少なく,市販品の負熱膨張材料では体積収縮の割合は1.7%程度だった。
これまで,層状ルテニウム酸化物の焼結体が6.7%の体積収縮を示す事が発見されたが,これは空隙の多い材料組織に由来することから,材料自身の本質的な負熱膨張ではなかった。
今回,代表的な強誘電体であるチタン酸鉛(PbTiO3)と同じ極性のペロブスカイト構造を持つ,バナジン酸鉛(PbVO3)を負熱膨張物質化した。同じ結晶構造のPbTiO3も強誘電から常誘電転移に伴い負熱膨張を示すことが知られているが,体積収縮は約0.6%に留まる。PbVO3は,PbTiO3に比べて結晶構造の歪みが大きく,圧力を印加すると10%もの体積収縮を伴って常誘電相に転移するが,常圧下の昇温ではそうした相転移は起こらない。
今回,2価の鉛イオンを,一部が3価のビスマスイオンとランタンイオンで置換して電子ドープを行ない,バナジウムイオンの価数を4価から3.76価に変化させた,Pb2+0.76La3+0.04Bi3+0.20V3.76+O3にする事で,室温を挟む温度である200Kから400Kの温度域で結晶構造変化が起こり,体積が8.5%も収縮する,巨大な負熱膨張を実現した。
この材料について,X線回折実験で調べた微視的な格子定数の変化,さらに熱機械分析装置を用いた巨視的な試料長さの変化から巨大な負熱膨張を確認した。これらにより,この材料の特性について材料自身の本質的な負熱膨張であることが確認できたという。
今回開発したPb0.76La0.04Bi0.20VO3は,巨大な負熱膨張を示すが,環境に有害な鉛を含むという問題を抱えている。研究で,電子ドープという手法が負熱膨張化に有効である事がわかったためで,PbVO3と同様に巨大な結晶構造歪みを持つPbTiO3型のペロブスカイト化合物である,BiCoO3,Bi2ZnTiO6,Bi2ZnVO6が注目されるという。これらの物質を電子ドープによって負熱膨張化すれば,鉛を含まない巨大負熱膨張材料が期待できるとしている。