東京大学,自然科学研究機構生理学研究所,埼玉大学らの共同研究グループは,8Kスーパーハイビジョンカメラを世界で初めて脳神経活動の計測に用いることで,運動中のマウス大脳皮質から,軸索終末とよばれる神経細胞の一部における活動を大規模に計測する事に成功した(ニュースリリース)。
近年,生きた脳の中にある神経細胞内のカルシウムイオン濃度を光として測定する「カルシウムイメージング法」の発展により,生きたマウスの脳神経細胞の活動を数百から数千個単位で計測することが可能となっている。
この技術を用いることで,神経細胞が他の神経細胞へと情報を伝達するシナプス部位の前部にあたる軸索終末とよばれる構造における活動の計測も可能となってきており,脳の中の情報の動きを明らかにすることも可能になってきている。
しかし,軸索終末は,通常カルシウムイメージングで計測の対象となる,神経細胞の細胞体の直径約10µmに対してさらに小さく,直径は約0.5µmしかない。カルシウムイメージング法で一般に用いらる2光子顕微鏡は,視野1点1点を1本のレーザーで順番に走査する仕組みであるため,軸索終末の活動を広い範囲で高速に測定することは困難だった。
研究グループは,スピニングディスク共焦点顕微鏡とよばれる1,000本以上に分割されたレーザービームで画面全体を走査する顕微鏡を用い,そこにさらに高精細かつ高速な動画取得を可能とする8Kスーパーハイビジョンカメラを組み合わせた顕微鏡(8Kスピニングディスク共焦点顕微鏡)の開発を行なった。
8Kカメラは,ハイビジョンの16倍にあたる3,300万画素の高解像度を有し,その密度は人間の網膜に迫ると言われている。研究グループはマウスの脳の視床とよばれる部位に蛍光タンパク質を導入することで,その視床に位置する神経細胞が大脳皮質の運動野に投射している軸索終末のイメージングを実施した。
その結果,スピニングディスク型共焦点顕微鏡と8Kカメラを組み合わせたシステムにより,従来の2光子顕微鏡の25倍広い視野でありながら2倍高速に撮影することに成功した。また,実際に測定された活動について解析することで,1mm以上離れた場所における軸索終末の同期的な活動を計測することにも成功した。
今回開発した方法は,神経細胞活動の計測をさらに越えて,神経細胞のつなぎ目で有るシナプス活動の計測を脳全体で行なうことの第一歩となるもの。8Kカメラを用いた顕微鏡技術は脳計測だけではなく,細胞動態や細胞内の分子動態といった生命現象の高精細かつ高速な記録が可能となり,様々な疾患の理解とその治療法開発に貢献することが期待されるとしている。