京都⼤学と⼤阪⼤学は共同で,π(パイ)拡張ヘリセン―らせん状ナノグラフェン分⼦の合成に世界で初めて成功した(ニュースリリース)。
グラフェンは,優れた電荷および熱伝導特性を⽰し,その部分構造である多環芳⾹族炭化⽔素は,ナノグラフェンと呼ばれ,バンドギャップを制御した半導体材料や,可視および近⾚外光に応答する光機能材料として⽤いられており,その合成法,計算科学を⽤いた分⼦設計,固体状態での分⼦の配列などが盛んに研究されている。
⼀⽅で,グラフェンをらせん状にねじったらせん状グラフェンは,ヘリコイドと呼ばれるらせん⾯構造を有することにより,インダクションコイルとしての電気的特性,分⼦スケールのスプリング(ばね)としての機械的特性が期待されている物質だが,合成されたことはなく理論上のものだった。
ベンゼン環を⼆つの置換基が隣り合うオルトの位置で縮環してできる,らせん構造を持つヘリセン分⼦は,キラル光学特性が盛んに研究されてきた光学活性な化合物。しかし,そのπ共役系はらせん軸に対して垂直⽅向には広がっておらず,らせん⾯構造を持つらせん状グラフェンのモデル化合物として適したものではないため,らせん状グラフェンのモデル化合物はこれまで合成されていなかった。
今回,研究グループは,ヘリセン分⼦の6か所のペリ位にベンゼン環を縮環し,ヘリセンのらせん軸に対して垂直⽅向にπ共役系を拡張した分⼦「ヘキサ-ペリ-ヘキサベンゾヘリセン」の合成に成功した。
この合成は,マクマリーカップリング,光環化脱⽔素化反応,脱⽔素芳⾹族化反応を鍵反応とし,α-テトラロンを出発原料として9段階で⾏なったもの。この分⼦は,今まで合成されていなかった,らせん状グラフェンのモデル化合物であり,「らせん状ナノグラフェン」と呼ぶべき分⼦。
X線結晶構造解析の結果,この分⼦はらせん構造を有しており,右巻きらせんの分⼦と左巻きらせんの分⼦が交互に積層した結晶構造を取っていることが分かった。また,NMRスペクトルの測定の結果,らせんの端に位置する⽔素のピークが上または下にある芳⾹環の環電流効果を受け⼤きく⾼磁場シフトしていることが分かった。
さらに,紫外可視吸収スペクトルにおいて,この化合物は675nmという⾮常に⻑い波⻑に吸収帯を⽰すことが明らかになった。分⼦軌道計算の結果,この吸収帯が最⾼被占軌道(HOMO)および最低空軌道(LUMO)の間の遷移に相当することが⽰され,HOMOとLUMOが分⼦全体に広がっていることが⻑波⻑吸収の要因であることが⽰唆された。
また,この分⼦のキラル光学特性について調べたところ,円⼆⾊性スペクトルの⾮対称性因⼦g値は1.6%と求められ,有機化合物としてはかなり⼤きな値を持つことが明らかとなった。
⼀⽅で,この化合物は蛍光を発しないことが分かった。過渡吸収スペクトルの測定の結果,この分⼦の第⼀励起状態の寿命は,1.2ピコ秒(ピコ秒は1兆分の1秒)と⾮常に短く,π拡張していないヘリセンの励起状態寿命(14ナノ秒)と⽐べて4桁も短いことが明らかとなり,π拡張によって⼤きく光物性が変わることが分かった。
今回合成されたらせん状ナノグラフェンは,分⼦スケールエレクトロニクスにおいてはインダクションコイルとして,ナノメカニクスにおいてはスプリング(ばね)として働くことが期待されるもので,その物性はきわめて興味深い。また,らせん軸の⽅向,およびその垂直⽅向に対してさらにπ共役系を拡張した分⼦についても,その合成及び物性について⾮常に興味が持たれる。
この研究により合成された分⼦は,世界で初めて合成されたらせん状グラフェンのモデル化合物であり,この研究を契機としてらせん状グラフェンの研究が本格的に始まることが期待されるとしている。