国立天文台と東京大学などの研究グループは,すばる望遠鏡搭載の超広視野主焦点カメラHyper Suprime-Cam(ハイパー・シュプリーム・カム,HSC)を用いた大規模探査観測データから,重力レンズ効果の解析に基づく史上最高の広さと解像度を持つダークマターの「地図」を作成した(ニュースリリース)。
加速膨張宇宙の謎を解き明かすため,研究グループは大規模な深宇宙撮像探査観測を進めている。宇宙のごく初期ではほぼ均一だった物質分布は,わずかな密度ムラから重力相互作用で成長し「宇宙の大規模構造」と呼ばれる網の目状の物質分布に進化してきた。この大規模構造進化の観測から逆に宇宙膨張史に迫れることに研究グループは注目している。
大規模構造の進化を精密に測定するためには,ダークマターの分布,つまり「地図」が必要となる。遠方の銀河から発せられた光は観測者に届くまでの間,ダークマターの密度の濃い領域・薄い領域を通り抜けてくる。このダークマターの質量が引き起こす重力レンズ効果で,銀河の見かけの形状は少しずつ変形して観測される。つまり,背景の銀河の形状から宇宙空間にあるダークマターの分布を調べれば,大規模構造の進化に迫ることができる。
しかしこのためには非常に暗い銀河の形状を精度よく計測する必要がある。さらにダークマターの塊を探すためには,広い天域を探査する必要がある。そこで研究グループは,広い視野を有しつつ天体をシャープに写し出すことができるHSCを開発し,2018年3月現在で計画のおよそ60%まで観測が完了している。
今回,2016年4月までにHSCで観測されたデータ (計画全体の約11%) を解析し,かつてない広さと解像度を持つ新たなダークマター地図を作成することに成功した。160平方度に渡る画像には2000万個以上の銀河が写っており,重力レンズ解析からダークマターの2次元分布を推定した。平均 0.56秒角 (視力100以上に相当) もの解像度で銀河を撮影してダークマター分布の様子を描き出した例ははじめて。これは2015年に公表されたHSCによる最初のダークマター地図の約70倍の広さとなる。
観測された全天域は5色のフィルターで撮影されている。これらの多色画像を比較すると各銀河の色情報が得られ,銀河までの距離を推定することができる。一方で重力レンズ効果による天体像の歪みは,レンズの役割を果たすダークマターが光源である銀河までの距離のちょうど中間にあるときに最大になる。研究チームはこれを利用して銀河の距離ごとに解析を行なうい,断層写真を撮影するようにダークマターの3次元分布を得ることにも成功した。
作成した地図からダークマターの塊の個数やそれぞれの質量を計測したところ,今回の観測結果が理論予想値を一定の有意度で下回っていることが分かった。これは仮定している宇宙モデルであるLCDMに「ほころび」があるということを示唆する。
今回の結果は観測計画全体の11%のデータに基づくものなので,まだピークのサンプル数が少なく誤差がやや大きい。現在,より詳しい解析を現在行なっている。また衛星の観測結果も今後更新される可能性がある。これまでにLCDMが高い精度で棄却されたことはないが,この問題は大きな関心を集めており,データの食い違いをより高い優位度で検証するためにさらなる観測の進捗が必要だとしている。