東北大学の研究グループは,原子層鉄系高温超伝導体において,質量ゼロの性質を持つ「ディラック電子」を発見した(ニュースリリース)。
最近大きな話題となっている原子層薄膜の一つに,鉄系超伝導体の一種である鉄セレン(FeSe)がある。バルクのFeSeは−265℃で超伝導となることが知られていたが,それを極限(原子3個分の厚さ)まで薄くすることで,液体窒素温度(−196℃)以上での高温超伝導の可能性が報告された。しかし,高品質のFeSe原子層薄膜を作製することは難しく,超伝導以外の性質についてはほとんど明らかになっていなかった。
今回,研究グループは,分子線エピタキシー法を用いて,酸化物の基板上に原子レベルで制御された高品質な1層のFeSe薄膜を作製した。また,作製した薄膜を超高真空中において精密な温度制御下で加熱することで,高温加熱の場合は高温超伝導が起きる薄膜,低温加熱の場合は超伝導が起きない薄膜と,性質の全く異なるFeSe原子層薄膜を作り分けることに初めて成功した。
その薄膜の電子状態を角度分解光電子分光で調べた結果,低温加熱によって得られた超伝導を示さない薄膜において,質量ゼロのディラック電子が存在することを明らかにした。また,2〜20層の多層膜についても同様の測定を行なった結果,ディラック電子のみが伝導を担う理想的なディラック電子系は,1層の原子層薄膜でのみ実現していることを突き止めた。
すなわち,理想的なディラック電子系の実現は,原子層薄膜ならではの性質と言える。今回の研究によって,FeSe原子層薄膜は,高温超伝導のみならず,グラフェンと類似のディラック電子系としての性質も持つことが明らかになった。また,これら2つの全く異なる性質を,加熱温度を変えるという極めて簡便な手法で切り替えられることも見出した。
今回の研究は,「高温超伝導」と「ディラック電子」という全く異なる性質を,同じプラットフォームで実現できることを実験的に確立したもの。将来的には,超高速・超伝導ナノデバイスなどへの応用展開が期待される。また,高温超伝導の起源を解明するためには,電子状態を理解することが重要。今後,ディラック電子の有無と高温超伝導発現の関係を明らかにすることで,高温超伝導を説明するモデルの選別が期待できるとしている。