東工大ら,高温で安定化するダイヤモンド量子発光体を作製

東京工業大学,産業技術総合研究所,物質・材料研究機構,独ウルム大学らの共同研究グループは,スズ(Sn)を導入したダイヤモンドを高温高圧下で加熱処理し,スズと空孔(V)からなる新しい発光源(カラーセンター)の形成に成功した(ニュースリリース)。

固体物質中に形成される量子発光体は量子メモリーなど量子情報ネットワーク応用にとって有望な系として研究が進められている。しかし,これまで報告されてきた半導体量子ドットやダイヤモンド中の窒素-空孔(NV)センターは,それぞれマイクロ秒程度に制限されたスピンコヒーレンス時間や全発光強度のうち量子光源として利用可能なゼロフォノン線からの発光が数パーセントのみであり,その発光強度が小さいなどの問題があった。

ごく最近,ダイヤモンド中のカラーセンターの1つであるシリコン-空孔(SiV)センターを100mKまで冷やすことでスピンコヒーレンス時間10msが達成されたが,複雑かつ大規模な希釈冷凍機が必要であり,冷却が容易となるK程度の高い温度においては量子ネットワークに応用できるようなミリ秒以上の長いスピンコヒーレンス時間の達成が困難であるという問題があった。

今回の研究では,長いスピンコヒーレンス時間を達成するためのアプローチとして,スピンコヒーレンス時間を決定する重要な物理量である基底状態分裂の大きい新しいカラーセンターをダイヤモンド内に作製することを試みた。これまでのシリコンやゲルマニウム(Ge)に代えて重元素のスズをダイヤモンドに導入し,高温高圧状態(7.7GPa=ギガパスカル,2100℃)で加熱処理することにより,スズと空孔が結びついたスズ-空孔(SnV)センターを形成した。

量子力学の基本原理に基づいた第一原理計算から,ダイヤモンド中に取り込まれた大きなスズ原子は格子間位置に存在し,2つの空孔に挟まれた構造をしていることがわかった。この原子配置は電界などの外部ノイズの影響を受けにくく,安定した発光波長を得ることができる。

実験から,SnVセンターは室温において波長619nmに鋭いゼロフォノン線をもって発光することがわかった。単一発光源として機能させることにも成功し,その発光強度が従来のカラーセンター(NV,SiV)よりも大きいことを確かめた。

冷却下での計測から,このゼロフォノン線は4つに分裂し,基底状態分裂がSiV,GeVセンターよりも大きな約850GHzを有することがわかった。この基底状態分裂はSiVの48GHzよりも桁違いに大きいため,メモリー時間を短くする原因となる結晶格子振動の影響を大幅に減少させることができる。それにより,2K程度で長いスピンコヒーレンス時間(ミリ秒)の達成が予測される。

SiVで不可欠な希釈冷凍機を必要とせずに,量子ネットワーク中の量子メモリーとしての利用が期待でき,この発見は長いスピンコヒーレンス時間を有する光-物質量子インターフェースの確立へのブレイクスルーとなる可能性を有しているとする。

SnVセンターはこれまで研究されてきたダイヤモンド中のカラーセンターの欠点である低発光強度,不安定な発光波長位置,短スピンコヒーレンス時間をすべて解決する可能性を有している。長いスピンコヒーレンス時間の計測を通して,長距離量子ネットワーク構築のための量子メモリーとしての応用が期待できるという。また,量子センサーとして機能する可能性も持っており,センサー・単一光子発光源・メモリーなどさまざまな量子光学素子としての応用展開が期待できるとしている。

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