東京大学の研究グループは,機械的刺激により吸収色(見た目の色)を大きく変える物質を合成することに成功した(ニュースリリース)。
外部刺激により性質を変化させうる材料は機能材料の根幹をなす。外部からの応力を加えることにより色が変化するメカノクロミズムのうち,有機分子でのメカノクロミズムにおいては,発光色を変化させるものがほとんどだった。
なぜならば,発光は,照射する光で分子が基底状態から励起状態へ活性化され,励起状態からエネルギーを光で失う過程だが,機械的刺激により分子の形状や分子どうしの積み重なり方が変わった時,励起状態の性質が大きく変化するため。基底状態での性質の変化は大きくないため,発光色ではなく吸収色(見た目の色)を変化させるメカノクロミズムは,あまり例がなかった。
研究グループは,フルオレンとアクリダンと呼ばれる有機芳香族化合物を二重結合で連結したフルオレニリデン-アクリダンと名付けた化合物を新たに合成し,この化合物が力を加えると見た目の色を変化させたことにより,励起状態でなく基底状態のメカノクロミズム(見た目の色が変わる現象)であることを示した。
フルオレニリデン-アクリダンの黄色い粉を乳鉢ですりつぶすと,濃い緑色に変化した。通常,有機化合物の結晶は,結晶の時のほうが透き通ったやや濃い色をしており,砕いて粉にすると少し淡い色になるが,フルオレニリデン-アクリダンでは逆に,結晶を砕くと濃い色に変化した。
この色の変化の背景には分子の形態の変化がある。二重結合の両側に大きな芳香族基をもつ化合物は「混みすぎたアルケン」と呼ばれ,100年以上前から知られていた。混みすぎているため分子の形状が完全に平面になれず
折れ曲がるか,ねじれる。
合成したフルオレニリデン-アクリダンは,結晶中で折れ曲がり型の構造(折れ曲がり配座)をとっている。この構造では短い波長の光を吸収するため,見た目の色は黄色となる。これを乳鉢ですりつぶすと,分子の構造が,ねじれた構造(ねじれ配座)に変化した。このとき分子は長い波長の光を吸収するため,見た目の色は濃い緑色となる。
通常,マクロな力学的応力を分子構造の変化というミクロな変化に繋げることはスケールが異なり困難だが,結晶性の変化をうまく利用することにより可能となった。また,砕いてできた濃い緑色の粉を溶媒の蒸気にさらして結晶化を行なうことにより,再び結晶質の黄色い粉に戻すことができた。
研究では,見た目の色が変化するだけでなく,電気的な性質の変化も確認した。折れ曲がり配座およびねじれ配座の電荷輸送特性を評価したところ,折れ曲がり配座では正孔のみを輸送し,ねじれ配座では電子と正孔の両方を輸送できることがわかった。また,ねじれ配座の正孔輸送特性は,折れ曲がり配座のそれに比べ約10倍向上した。
今回開発した材料は,力という入力情報を,見た目の色という光学情報と電荷輸送特性という電子情報の2つの出力情報に変換できる。押せば色が変わるタッチパネルや,機械的な応力を光学的,電気的な出力の両方で検出するセンサーなど,新しい機能をもつデバイスに応用されることが期待されるといしている