自動車の運転をより快適で安全なものにするため,先進運転支援システム(ADAS)の開発が進んでいる。そこで光技術が大きな役割を期待されているのは,本誌1月号記事「次世代自動車を担うレーザーヘッドランプとLiDARの開発状況」でも紹介したとおりだ。
テクノロジーの進化はADASに限らず,自動車にこれまで以上に様々な機能を与えている。特に情報機器においてその進歩は顕著で,カーナビや携帯電話だけではなく,今後はインターネットに接続するコネクテッドカーも普及が進むと予想されている。
そこで問題となるのが,こうした車載機器とドライバーの間における情報の伝達や機器の操作だ。これまでも運転中のカーオーディオの操作やカーナビへのわき見が事故の原因となっており,ドライバーが運転から集中を逸らさずに機器の使用を可能にする「Human Machine Interface」(HMI)が求められている。
このHMIで光技術は大きな期待を担っており,例えばドライバーが前方から視線を逸らすことなく,必要な情報を得ることができるヘッドアップディスプレイ(HUD)は,既に一部の車種で搭載が始まっている。
HUDはレーザーやLEDを光源とした小型のプロジェクターを用いて,情報をフロントガラスなどに映し出すが,最近では光源や光学系の進歩もあって,高い輝度と解像度によるフルカラー表示も可能になってきている。
しかし一方で,現在のHUDには制約もある。例えば,合わせガラスであるフロントガラスにそのまま映像を投映すると,プロジェクターの映像は手前と奥のガラスでそれぞれ反射して虚像を作り出してしまい,ドライバーからは映像が二重に見えるという問題がある。
これを防ぐために,フロントガラスの投映部分にフイルムを貼って反射を制御したり,専用のスクリーン(コンバイナー)をフロントガラスの手前に立てたりする方法がある。しかし,どちらも自動車のデザインに影響を与えるほか,フイルムに関しては使用に法的な規制もある。
これを解決するものとして,合わせガラスの中間膜を制御することで,反射した映像を同一の角度に合わせて二重像を解消する技術が積水化学工業によって実用化されている。
これは,合わせガラスの間に挟まれている中間膜の厚みを,天井からボンネット方向にかけて徐々に薄くして「くさび形」とするもの。合わせガラスで反射したそれぞれの映像が,ドライバーの目の高さでは同一軸になるよう,2枚のガラスの角度を「くさび」で高度に制御している。
これにより,ドライバーの視線においてHUDの二重像を防ぐことができ,さらに外見も通常のフロントガラスと変わらない。しかし,効果があるのは設計されたエリアに限られるため,そこを離れるにしたがって二重像が発生してしまう。スクリーンとして使える面積が限られるという点で完全に問題を克服したとは言えない。
そこで同社は,中間膜自体に発光機能を持たせる技術を開発している。これは中間膜に蛍光材料をはじめとした特殊な材料を用いるもので,レーザープロジェクターである波長の光を当てると,フロントガラス自体が発光して文字などを表示する。表示物は全角度からの視認性を有し,運転席以外の席からも見ることができる。
開発中につき技術的な詳細は明らかにしていないが,レーザーの波長は可視光に近い紫外光を用いているという。
現在のところRGBのうち一色しか表示できず,輝度も実用には足りていないという。また,ガラス自体にも色が付いてしまう(道交法(可視光の透過率70%)は満たす)といった問題が残っている。
しかし,この方式は表示位置によらず二重像が発生しないため,フロントガラス全面を使ったHUDを実現できる。例えば窓の端から見える歩行者に警告表示を重ねて表示するといった使い方が可能だ。
同社では今後改良を進め,既に実用化している他の機能膜(遮音,遮熱等)とも組み合わせた多機能フロントガラスとして実用化を目指す。