東大,熱の波動性を用いた熱伝導制御に成功

著者: sugi

東京大学は,周期的なナノ構造を用い,熱の波動性を利用して熱伝導を制御できることを初めて実証した(ニュースリリース)。

伝導は熱の運び手であるフォノンの移動で説明され,ほぼ全ての熱伝導現象は粒子的な描像で説明されてきた。しかし,熱の本来の姿は原子などの振動であり波動性を持っているため,可干渉性が保たれた周期的な構造中では干渉を起こし,熱伝導が変化する可能性が指摘されていた。しかし,従来の電気的な測定手法では,一度に測定できる数に限りがあり,系統的で誤差の小さい実験は不可能だった。

研究グループは,試料として厚さ150nmのシリコンの薄膜に半径100nmほどの円孔をあけた両持ち梁構造を作製した。光を使って非接触で熱伝導計測を高精度に行なえる高速測定システムを開発し,従来の電気的手法では行なえない系統的で誤差の小さい実験が可能になった。

具体的には,梁の中央に位置するアルミ薄膜を光パルスで瞬間加熱して,別の温度変化観測用レーザーを用いることで測定対象となるナノ構造を通じた熱散逸時間を測定することができる。電気計測では,1㎝角の半導体チップあたり数個しか構造を用意できないが,この光学測定法では同一チップ上に1万個程度の構造を用意できるためプロセス誤差の影響をほとんど受けずに桁違いに多くの構造について測定を可能にした。

研究グループは,完全な周期性を持ったフォノニック結晶と,円孔の位置を方向,シフト量ともにランダムにずらした構造を多数用意し,熱伝導を比較した。これらの構造で,円孔の半径と数を同じにすることで,粒子的描像で説明できる散乱の効果をほぼ同一に保ったまま,波動性に起因する熱伝導の低減をうまく抽出して観測できるように工夫した。

実験の結果,一次元構造では10%,二次元構造では20%近い熱散逸レートの差が観測された。熱伝導が人工結晶の秩序によって変化する様子が明確に観測されており,完全結晶で熱伝導が抑制されるという理論的な予測と一致する。また,一般的な熱伝導を記述する拡散方程式や,粒子的な描像に基づくシミュレーションではなく,波動性を取り込んだ理論計算でうまく再現することができた。

研究成果は,これまで粒子的描像で記述されてきた熱伝導を,波動的性質を使った領域に拡張することを初めて明確に示したもの。そのため,固体中での熱流制御に新しい手法を提供し,フォノンエンジニアリング分野の基礎研究を発展させる成果。より微細な周期構造では室温でも効果が発現するため,半導体分野への応用が見込まれる。

光学分野が,幾何光学から波動光学に拡張されて技術が飛躍的に進歩したように,熱制御においても粒子性から熱の波動的性質を利用した伝熱制御技術の開発へと新たな段階を迎えているとしている。

キーワード:

関連記事

  • 東大、レーザーで描くフォノニックナノ構造を従来の1,000倍以上高速に作製

    東京大学の研究グループは、熱輸送を制御することができるフォノニックナノ構造を、その特性を維持しつつ、約1,000倍以上高速に作成できる手法を提案した(ニュースリリース)。 近年、スマートフォンやPCを始めとする様々な電子…

    2025.12.11
  • 室工大ら,金属ごとの発光寿命と強度の違いを解明

    室蘭工業大学と電気通信大学は,15種類の金属に対する超高速発光分光実験を行ない,スーパーコンピューターを活用した量子力学的計算および光学定数データベースを活用したモデル計算を行なうことで,数百フェムト秒の発光寿命と,数百…

    2025.02.07
  • 筑波大ら,マルチフェロイック物質を100fs光制御

    筑波大ら,マルチフェロイック物質を100fs光制御

    東京科学大学,筑波大学,東北大学,名古屋大学,名古屋工業大学は,マルチフェロイック物質であるBiFeO3の単結晶薄膜を時間幅100fsの光パルスで励起することで,分極の大きさをパルス幅以内の時間で室温でも操作できることを…

    2024.12.09
  • 東北大ら,量子物質が光で3ピコ秒で変化すると発見

    東北大学,名古屋大学,仏レンヌ第一大学,仏ナント大学は,モット絶縁体と呼ばれる量子物質のナノ結晶を用いることにより,巨視的な結晶対称性の変化(逆強弾性転移)が,3ピコ秒という,熱膨張を介する場合の1/100の短時間で完了…

    2024.09.19
  • 東大,遺伝的アルゴリズムで弾性波の制御構造を設計

    東京大学の研究グループは,遺伝的アルゴリズムと呼ばれる逆設計法を利用して,フォノニック結晶を自動的に設計する方法を開発した(ニュースリリース)。 フォノニック結晶と呼ばれる周期構造により,弾性波,すなわち結晶中の振動(フ…

    2024.07.09
  • 立命大,α水晶のフォノンを円偏光ラマン分光で観測

    立命館大学の研究グループは,α水晶の鏡像異性体である右水晶と左水晶において右巻きと左巻きのカイラルフォノンを円偏光ラマン分光によって選択的に観測することに成功した(ニュースリリース)。 結晶中の格子振動の量子はフォノンと…

    2024.03.29
  • 東工大,電子干渉の形状変化をフェムト秒精度で計測

    東京工業大学の研究グループは,フェムト秒光パルスを利用した超高速量子経路干渉法を用いて,半導体単結晶における電子デコヒーレンス時間の計測に成功し,さらに光誘起電子のデコヒーレンス過程は周りの電子との衝突によることを明らか…

    2023.05.22
  • 東大,フォノンの流れを解明し放熱材料の性能を向上

    東京大学の研究グループは,グラファイトの同位体を除去することで,100ケルビン(-173度)付近で強いフォノンポアズイユ流れが形成され,フォノンの相互作用によって生じる集団的な流れによって熱伝導が増強されることを確認した…

    2023.04.21

新着ニュース

人気記事

編集部おすすめ

  • オプトキャリア