分子科学研究所,広島大学,名古屋大学らは,高エネルギーの電子が光渦と呼ばれる特異な光を放射する現象を精密に観測することに成功した(ニュースリリース)。
光渦についてはこれまで,ドイツの放射光施設で行なわれた実験で,円偏光アンジュレータと呼ばれる装置の中で螺旋運動する電子の放射する光の波面が螺旋状であることを示す結果が得られている。しかし,この実験は取扱いの難しい真空紫外線を用いて行なわれたため,理論的に予想される光渦放射の重要な特性の多くが未検証のままだった。
分子科学研究所のシンクロトロン光源「UVSOR-III」は,小型で電子エネルギーが低く,その一方で,電子ビームの指向性が極めて高いという,世界的にも極めてまれな性能を有している。研究グループは,この装置を用いることで,ドイツのチームが成し得なかった光渦の精密観測を試みた。
高エネルギー電子を螺旋運動させ,その放射する光の性質を精密に観測したところ,ダブルスリットを用いた回折実験により,倍波の中心に位相特異点と呼ばれる不思議な構造が出来ていることを世界で初めて観測することに成功した。また,基本波や倍波を同時に発生してこれらを干渉させることで,振動数の高い倍波ほど波面の渦構造が密になっており大きな角運動量を運んでいることを世界で初めて観測することに成功した。
一方,高エネルギー電子が光渦を放射する機構に関して理論的な考察を行ない,電子からの放射が電子の進行方向に集中するという相対性理論の効果によりこの現象が説明できることを見出した。
この研究の成果は,円軌道放射という自然界で極めて一般的にみられる現象によって光渦が放射されることを示している。光渦は,実験室で人工的に作り出される特殊な光である,というこれまでの常識とは全く正反対に,自然界の様々な場所で普遍的に存在するものであることが明らかになった。
これを受け,自然科学研究機構では,光渦が自然界でどのような役割を果たしているのか,「光渦が拓く新しい自然科学」というテーマで分野融合型共同研究プロジェクトをこの春からスタートさせている。
一方,この研究で明らかになった光渦放射現象を利用することで,全く新しい光渦発生装置が開発できる可能性がある。これまでの光渦を利用した研究は可視光を中心とする比較的狭い波長範囲で進められてきた。これに対して,円軌道を描く電子は,その物理的なパラメータに応じて,電波からガンマ線まであらゆる波長域の光(電磁波)を出すことができる。
この現象を応用することで,光渦があらゆる波長域で利用できるようになり,物質科学などより幅広い領域で新しい研究ツールとなる可能性がある。可視光の光渦は既に顕微鏡の空間分解能の向上に利用されているが,こういったことがシンクロトロン光を用いたX線顕微鏡でも可能となるかもしれないという。
今後の研究により,光渦と物質が特異な相互作用をすることがわかれば,分子の構造を観測する新しい手法が開拓されるかもしれないとしている。