理化学研究所(理研),東北大学,立教大学らの共同研究グループは,不安定原子核を見るための新しい電子散乱実験装置(新型電子顕微鏡)を完成させ,同位体分離器から取り出された微量のキセノン-132(132Xe:陽子数54,中性子数78)原子核の電子散乱実験を行ない,陽子分布を決めることに成功した(ニュースリリース)。
フェムトメートルサイズという小さな原子核のありのままの真の姿を“見る”手段は,高エネルギー電子散乱という方法しかない。電子散乱は,高エネルギー電子ビームを原子核に衝突させ,飛び散る電子を丹念に調べるという方法。
従来の電子散乱実験では,標的となる元素の薄膜を作り,それに電子ビームを照射する。この方法では,標的原子核の数が最低でも1020個必要。人工的に作り出す不安定核では,実験室で大量に作ることは現在でも不可能で,たとえ作ったとしても寿命が短くすぐに壊変してしまう。したがって,安定核では容易だったはずの電子散乱実験は,不安定核では全く不可能だった。
その問題を解決するために,共同研究グループは世界に先駆けてスクリット法(SCRIT法:Self-Confining RI Ion Target)という新しい手法を開発した。SCRIT法は,標的イオンを細い電子ビームの通り道にトラップして集中させることで,自動的に電子散乱現象を引き起こさせる方法。この仕組みを電子蓄積リングの中に作り込むことによって,わずか108個(1億個)の標的核数で電子散乱実験を可能にする。
研究グループは,このSCRIT装置を装備した不安定核電子散乱実験施設を理研の仁科加速器研究センターに約6年をかけて完成させた。今回この施設を使って,同位体分離器ERISから取り出されてきた約108個の132Xe原子核をSCRIT装置に流し込むことによって,132Xe原子核から散乱される電子を観測し,散乱の角度分布から132Xe原子核の陽子分布を決めることに成功した。
132Xeは安定核だが,実験は不安定同位体の実験と全く同じ仕様で行なわれたので,ERISによる本格的な不安定核生成の開始により不安定核陽子分布測定が可能になる。
この研究により,不安定核の電子散乱研究という新しい研究領域の扉が開かれたとしている。今後,不安定な原子核の陽子分布の測定が進み,この施設が原子核構造を包括的に理解する新しい原子核モデルを構築する拠点となることが期待されるという。