京大,レーザーで水中の安定化した電子エネルギーを決定


京都大学の研究グループは,水中に捕らえられた電子(水和電子)の最安定状態のエネルギーを決定することに成功した(ニュースリリース)。

放射線による生体細胞の損傷は,細胞の大部分を占める水の放射線照射イオン化によって始まり,電子の発生と後続する不安定で反応性の高いOHラジカルによる遺伝子への攻撃が主な要因と考えられている。((1)H2O+放射線→H2O++e-(電子),(2)H2O++H2O→H3O++OH,(3)OH→DNA等に攻撃)

電子は水中で運動するうちにエネルギーを失い,最終的に水分子の隙間に泡のような水和電子となって捕らえられると考えられている。この水和電子がやがて水溶液中の分子に付着すると,還元化学反応を起こすが,反応性は水和電子のエネルギーによるため,電子エネルギーを正確に知ることが放射線化学の解明に重要だった。

物質に光を照射すると光電効果により電子が放出される。放出された電子の運動エネルギー(KE)を光のエネルギー(hν:νは光の振動数を示す)から差し引くと,電子が物質中に閉じ込められているエネルギー(BE)を求めることができる。この関係はアインシュタインが明らかにしたもので,BE=hν-KEという式で表すことができる。

したがって,水和電子に紫外線を照射して電子を水から放出させ,その運動エネルギーを測定すれば,水和電子のエネルギーBEも決定される。こうした実験手法を光電子分光法と呼ぶ。電子の測定は高真空中で行なう必要があるため,光電子分光は固体については広く行なわれている一方で,揮発性の高い液体についての実験は困難だった。

今回,研究グループは,真空中に直径15ミクロンの高速液体流を導入した。まず水溶液中のヨウ素原子負イオンに225㎚の紫外光を照射して電子を水中に移動させた。その後340-215㎚の紫外光を照射して電子を放出させ,運動エネルギーを測定することに成功した。さらに,光のエネルギーと電子の運動エネルギーの関係から求まる水和電子のエネルギー(BE)が紫外レーザー光の振動数によって変化することを見い出した。

本来BEは物質固有の量であり,hνを変化させると同じ量だけKEが変化し,求まるBE自体は振動数に依らないはず。にもかかわらずBEが見かけ上変化した理由は,電子が液体の内部で水分子と衝突する結果,電子が水の表面から放出される前に運動エネルギーを失っているため。したがって,実験結果から正しいBEを算出するためには,電子がエネルギーを消耗する衝突の影響を計算して実測値を補正する必要がある。

スイス連邦工科大学(ETH)のチームは,電子が液体中の水分子と衝突した場合にどのようなエネルギー損失が起こるかを,種々の実験データを参考にモデル化し,研究グループの実測値を再現することに成功した。この解析によって,真のBEを3.7電子ボルトと求めることができた。

液体の水と電子という自然界で最も普遍的な組み合わせについても,未だ実験値も計算値も確定しない基本的な問題が数多く残っている。水和電子の最安定状態に関するこの研究は,この基本的な問題を理解するための第一歩であり,今後は短寿命でエネルギーの高い状態の研究に進みたいとしている。

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