茨城大学と東京大学の研究グループは,トポロジカルなナノスピン欠陥が安定に生存するカイラル磁性体薄膜に,軌道角運動量を持つ(ひねり構造を持つ)レーザー光(光渦)を照射することで,ピコ秒からナノ秒という超高速で,スキルミオンや複数のスキルミオンの結合状態といった多様なナノ欠陥を生成する方法を理論的に提案した(ニュースリリース)。
通常のレーザー光(ガウシアンビーム)では,その伝搬方向と垂直な面での強度分布は,中心で最も高く,中心から離れるほど低下していく。一方,光渦は,伝搬軸周りの軌道角運動量を持つレーザーであり,それ故に強度分布が中心軸上でゼロになる特異性を持つ。したがって,光渦の強度分布は一般に多重リング構造となる。
光渦の照射対象としては,同様に円状の磁気構造がエネルギー的に安定に存在し得る磁性体が相応しいと考えられる。研究グループは,そのような対象として,スキルミオンと呼ばれるトポロジカル磁気欠陥が実現する,カイラル磁性体薄膜を選択した。
カイラル強磁性体及び反強磁性体における,スキルミオンをはじめとするトポロジカルに安定な磁気欠陥構造は,スピントロニクス分野において情報伝搬の為の新しいキャリアとして期待されており,理学だけでなく工学的な関心からも,その制御方法が精力的に研究されている。
しかし,典型的なトポロジカル欠陥の大きさが10-1000㎚なのに対し,光渦の焦点を絞る際の限界値はおおよそ光渦の波長で決まり,この波長に対応するのは紫外から可視光領域の光渦となる。
しかしながら,そのような光の周波数は1014-16Hz程度であり,磁性体のスピンの集団運動(スピン波など)の典型的な周波数であるテラヘルツからギガヘルツに比べると速すぎるため,紫外線や可視光の光渦の振動に磁性体の電子スピンは追いつけない。一方,THzやGHzの光渦の波長は㎛以上の大きさを持つ為,スキルミオンに比べて大きすぎる。
そこで研究グループは,このミスマッチの解決法の一つとして,紫外や可視光の光渦の熱の効果を考えた。すなわち,磁性体の低エネルギー励起は電子スピンによって形成されるが,紫外や可視光領域の高エネルギー光子を吸収する電子励起も必ず磁性体に存在する。
その電子励起状態は超高速で様々な自由度に緩和し,電子スピンはそれを熱として感じることになる。研究では,光渦によってリング状に生成する熱の効果を考慮に入れて,光渦照射下のカイラル磁性体の磁気ダイナミクスを,ランダウ・リフシッツ・ギルバード方程式によって微視的に解析した。
解析の結果,スキルミオンと同程度のビーム径の高強度光渦をカイラル磁性体に照射することで,高い確率でスキルミオンやリング状の磁気欠陥(2個以上のスキルミオンまたはアンチ・スキルミオンの結合状態)を,ピコ秒からナノ秒で超高速に生成できることを明らかにした。
この提案は,金属と絶縁体の両方のタイプのカイラル磁性体に応用可能であり,かつ,スキルミオン以外のより複雑なトポロジカル磁気欠陥を生成する方法も提供している。さらに,この光渦の方法がカイラル「強」磁性体だけでなくカイラル「反」強磁性体にも適用できることも明らかにした。
紫外,可視光,THz領域を含む広い周波数帯において光渦の生成方法が発展又は確立しており,メタマテリアル技術の急速な発展に伴い光渦の制御技術は進展している。この研究の予言は,スピントロニクス分野など著しい発展を遂げている分野の連結を図る新しい提案だとしている。