名古屋工業大学は,切り出した哺乳動物の組織・単離した真核細胞などを電界放出形走査型電子顕微鏡(FE-SEM)内で,生きた状態のまま観察することに世界ではじめて成功した(ニュースリリース)。
電子顕微鏡は,光学顕微鏡ではイメージングすることが出来ない極微細な構造を高分解能で観察可能だが,筐体内を宇宙ステーション軌道レベルに相当する高真空環境(10-3〜10-7Pa)に保つ必要があり,そのため構成成分の80%ほどが水である生物試料を観察する場合には,事前の化学固定や脱水・乾燥作業が不可欠とされ,生きた超微細構造の観察は不可能だった。
またこれらの処理は,試料の変形やアーティファクトを生じさせる為,従来の試料作成法による観察・解析による結果は,生体本来の構造を正確に捉えてはいなかった。
これに対し研究グループは,昆虫の体表面物質(および疑似物質)を試料に塗布し,電子線およびプラズマ照射により体表全面に高気密NanoSuit®(高真空下でも生物内部に含まれる気体や液体が奪われることを防ぐナノ重合膜)を形成することにより,高真空中で生物の個体試料の生命を維持し,高分解能で観察することを可能とした。
残された課題は,個体から切り出した器官や組織、細胞をいかに本来の姿を損なうことなく高真空下で保護するかだった。切除したばかりの組織や細胞は容易に脱水・脱気され,初期のNanoSuit溶液を用いても高真空環境下での保護ができなかった。
研究グループは,さまざまな保護溶液を考案する中で,グリセリンなどを主成分とするSurface Shield Enhancer(SSE)の開発に成功した。この新型溶液を利用することにより,切り出した哺乳動物の組織・単離した真核細胞などを電界放出形走査型電子顕微鏡(FE-SEM)内で,生きた状態のまま観察することに世界ではじめて成功した。
この新しいSSE-NanoSuit®膜は,気密性が高い上,膜厚が10nmと薄く,組織や細胞の超微細構造を直接観察できる。また処理時間も数分間と作業の簡便性も高い。今回の発表には,炎症を起こした腹膜・宿主細胞とウイルスの連関・正常組織とガン組織の境界部など,医学検体の観察結果が盛り込まれた。医療分野での活用はもとより,多くの生命科学研究に貢献できることが期待できるとしている。