自然科学研究機構 分子科学研究所は,互いに力を及ぼし合う多数の粒子の量子力学的な振る舞いを10億分の1秒以内でシミュレートできる,全く新しい世界最速のシミュレーターを開発することに成功した(ニュースリリース)。
物質の中で互いに力を及ぼし合う多数の電子の振る舞いは,超伝導・磁性・化学反応など,私達の身の回りの多くの重要な物理・化学現象を支配している。このように力を及ぼし合う多数の粒子の集団は「強相関系」と呼ばれており,その量子力学的な性質を理解することは現代科学における中心課題の1つと言える。
一方,強相関系の性質を理論的に予測することは極めて難しいことが知られている。例えば日本の国家プロジェクトとして2020年に向け開発が進められているポスト「京」スパコンを使ったとしても,粒子数が30以上になると,最も基本的な性質であるエネルギーですら正確に計算することができない。
これに対して,原子などの量子力学的な粒子を使って制御性の高い人工的な強相関系を組み立て,そこでの模擬実験によって強相関系の性質を理解しようとする新しいコンセプトは「量子シミュレーター」と呼ばれている。
量子シミュレーターは,ポスト「京」でも扱えない多数の粒子の量子力学的な振る舞いをシミュレートできる可能性があるため,スパコンに代わる次世代のシミュレーション・プラットフォームとして期待されており,既に世界主要各国において国家レベルでの莫大な研究投資が始まっている。
今回,研究グループはほぼ絶対零度に冷却した高密度の原子集団を1000億分の1秒だけ光る特殊なレーザーパルスを使って制御するというこれまでにないやり方で,40個以上の原子が力を及ぼし合う強相関系の振る舞いを10億分の1秒以内でシミュレートすることのできる全く新しい量子シミュレーターを開発した。さらに,及ぼし合う力の強さを調節することによって,この強相関系の電子の集団運動が変化する様子を10京分の1(10-17)秒単位でシミュレートすることに成功した。
この超高速量子シミュレーターは,未来の新機能性材料や薬剤分子の設計を支える革新的な基盤技術として期待されるほか,超伝導や磁性など物質の物理的な性質の起源を探求するための基礎技術としても役立つと期待されるという。