情報通信研究機構(NICT)は,超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD)の波長特性を自在に設計可能な新しい光学構造設計手法の開発に成功した(ニュースリリース)。
高感度・低ノイズ・高時間分解能という優れた特長を持つ超伝導ナノワイヤ単一光子検出器(SSPD)は,従来用いられてきた半導体光子検出器(アバランシェ・フォトダイオード)の性能を大きく凌駕する光子検出器として,量子暗号通信をはじめとする様々な分野で注目を集めている。
これまでNICTは,2013年に通信波長帯(1,550nm)でシステム検出効率80%を超えるSSPDの開発に成功し,量子暗号通信への応用を進めてきたほか,可視波長帯でもシステム検出効率70%を超えるSSPDを実現し,細胞生物学で広く利用されている蛍光相関分光法への応用を進めてきた。
しかし,従来のデバイス構造では,最適化した波長以外における光吸収効率を制御することはできず,広い波長範囲にわたる高いシステム検出効率の実現や,不要な波長の光(主に,黒体輻射による光や迷光)の吸収による暗計数(ノイズ)の除去が困難だった。
今回,SSPDにNICTが独自に考案した誘電体多層膜を用いたデバイス構造を採用し,光学シミュレーションによる最適化を行なうことで,所望する光吸収効率の波長特性,つまり,吸収する波長帯域とカットする波長帯域を自由に設計が可能な新手法の開発と実証に成功した。
今回,SSPDに新たに誘電体多層膜による光学構造を採用することにより,所望の波長特性の設計が可能になった。シリコン基板上に2種類の誘電体(二酸化シリコン及び二酸化チタン)から構成される多層膜を積層し,その上に超伝導体である窒化ニオブのナノワイヤを配置した構造を採用した。
この構造において誘電体多層膜の層数や各レイヤーの膜厚を最適化することで,ナノワイヤの光吸収効率について所望の波長特性を実現することができる。最適化したデザインに基づいて実際にSSPDを作製し,検出効率の波長特性を評価した結果,光学シミュレーションによる計算値と極めてよく一致することが分かった。
また,ナノワイヤにおける光吸収効率の波長特性を最適化するため,光学多層膜計算と有限要素解析の2段階で光学シミュレーションを行ない,SSPDにおける検出効率の波長特性が効率的に設計できるようになった。
今回開発した誘電体多層膜付きSSPDと波長特性設計手法は,紫外から中赤外の広い波長領域で適用可能であるため,高感度と低ノイズの両立が重要となる量子暗号通信や,生命科学分野における蛍光分光測定,微弱光によるリモートセンシング技術など,今後のSSPDの幅広い応用展開に向けた重要な基盤技術となる。
また今後,多層膜に用いる誘電体の材料や組合せを検討することで,より広帯域に対応した素子や,複数の波長領域に最適化した素子等,応用ニーズに合わせて様々な波長特性を持つSSPDの実現が期待されるとしている。