名古屋大学の研究グループは,原子核乾板を用いた宇宙線ミューオンの観測により,エジプト最大のピラミッドであるクフ王のピラミッドの透視に成功し,ピラミッド内部に未知の空間を新たに発見した(ニュースリリース)。
エジプトのピラミッド群を対象とした国際共同研究「スキャンピラミッド(ScanPyramids)」は,ピラミッドを非破壊で内部および外部を調査し,ピラミッドの謎を明らかにする計画。この調査には,宇宙線ミューオンラジオグラフィ(宇宙線によるイメージング),赤外線イメージング,写真やレーザー測量による精密な3次元再構成の技術が用いられる。
名古屋大学は,原子核乾板を用いた宇宙線ミューオンラジオグラフィを担当した。ミューオンは,岩盤1kmでも透過するという極めて高い透過力を持つ素粒子で,大気上層部で生成され,1平方センチメートルあたりの面積を1分間に約1個の割合で,常に地上に降り注いでいる。このような天然の宇宙線ミューオンは,幅広いエネルギー分布を持つ。
ミューオンのエネルギーが高いほど透過能力が高いという特徴を利用し,X線では測定不可能な大きさ(厚さ)の対象物周辺にミューオン検出器を設置して,対象物を通過して来るミューオンの飛来方向分布を計測する。測定したミューオンの角度分布の濃淡は観測対象の内部構造を反映しており,X線写真のようにミューオンの飛来経路中に存在する質量分布を映像化することが出来る。
ミューオンがより多く検出した(透過率が高い)方向は,そこに存在する物質の量がより少ない事を示す。ミューオンが期待よりも多く検出された方向には想定よりも物質が少ないこと,つまり,空間または低密度領域が存在することが,逆に期待よりも少ない場合は,その方向には高密度領域が存在する事が分かる。
今回,ピラミッド北側の切妻構造下部の入り口から内部へと続く下降通路(幅高さ共に1m程度)に2016年6月から8月にかけて67日間原子核乾板を設置して宇宙線ミューオンによる観測を行なった。下降通路内には3つの原子核乾板検出器を設置し,それらのフィルムに蓄積した約870万本の宇宙線ミューオンの情報を分析した。
これらの検出器を設置した場所から期待される宇宙線のイメージをシミュレーションにより求めて実験結果と比較した結果,切妻構造下部の入り口から真上にかけての方向にシミュレーションよりもミューオンが多く検出される異常領域を検出した。
このような異常が偶然起きる確率は一千万分の一以下と小さく,極めて高い信頼性で異常領域の存在を検出したと言えるという。結果は,その方向に空間,または,密度が低い領域が存在することを示している。その形状の詳細については,引き続きデータ解析を行なっているほか,複数方向からの分析が可能な追加観測を進めるなど,さらなる解明を進めている。