理研ら,ピコ秒オーダーでスピン配列の変化を観察

理化学研究所(理研)と,米ブルックヘブン国立研究所,米SLAC国立加速器研究所らの国際共同研究グループは,極短パルスのX線領域のレーザーと赤外線領域のレーザーを使って,磁性体「Sr2IrO4」で起きる1ピコ秒程度の磁気的性質(スピンの配列)の変化を観察することに成功した(ニュースリリース)。

極めて短い発光時間を持つ光である「極短パルスレーザー」によって物質の性質を制御する技術の実証・発展には,より詳細な観察とメカニズムの解明が必要となる。しかし,1ピコ秒程度の極短時間で起こる物質変化を観察できる手段はなく,光による物質変化のメカニズムの解析は困難だった。そのため,より高い時間分解能を持つ計測手法が求められていた。

研究グループは,日本のX線自由電子レーザー(XFEL)施設「SACLA」と米国の同施設「LCLS」を用いて,極短時間の発光時間を持つX線レーザーと赤外線レーザーを同期させながら計測する「時間分解共鳴X線非弾性散乱」という手法を開発した。この研究では0.3ピコ秒という世界最高レベルの時間分解能を実現し,磁気的性質の時間変化を詳しく観察した。

赤外線レーザーをSr2IrO4に照射すると,この物質本来の磁気状態は壊され,スピンの配列が乱れる。その後,物質を構成する電子が「スピンの波」を引き起こし,それが物質全体に広がる。これによってSr2IrO4の磁気的性質が極短時間の間だけ,大きく変化する。

次に,赤外線レーザーの照射数ピコ秒後にX線レーザーをSr2IrO4に照射する。照射したX線レーザーはスピンの波によって散乱されるため,散乱したX線の角度やエネルギー損失を測定するとスピンの波の様子を調べることができる。これによって,Sr2IrO4において極短時間に起きる磁気的性質の変化を詳しく観察することに成功した。

今回の実験では,赤外線レーザーの照射後2ピコ秒後に,三次元的なスピン配列が乱れた状態で二次元的なスピンの波を観測した。これは“三次元的なスピン間のつながりは切れているにも関わらず二次元的なスピン間はつながっている”という特別な磁気秩序状態を示している。つまり,赤外線レーザーによってSr2IrO4の性質が変化したことを意味する。

この研究で開発した時間分解共鳴X線非弾性散乱法により,物質中のスピンの振る舞いに関して,詳しいメカニズムを理解することが可能になった。これは,電子状態や磁気状態といった物質が持つ特性を,光で操作するための新しい一歩。この操作を実現すれば,光による高温超伝導体-絶縁体のスイッチングなど,将来の新奇デバイス開発などにつながるとしている。

研究グループは今後,赤外線より波長の長い中赤外線レーザーを使う実験を計画している。中赤外線レーザーを使うと,電子やスピンを励起することなく,物質内のある原子位置の振動だけを引き起こすことができる。この実験によって,物質の持つ磁気的な結合の詳細な理解につながるとしている。

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