分子研,動物の光受容の調整機構を解明

自然科学研究機構分子科学研究所は,生理学研究所,大阪市立大学,米Oregon Health & Science Universityとの共同研究により,ヒトなど哺乳類において環境光による体内時計のリセットに関わる光受容分子メラノプシンが,自発的に光を受容する能力を失う特徴を持つことを明らかにした(ニュースリリース)。

動物は光情報を視覚のみならず,周辺の光環境に応じて体内時計をリセットするなど「非視覚の光受容」にも用いている。例えば時差ぼけを生じた時に,強い光を目に入れると症状が軽減されることがあり,それは光によって体内時計がリセットされた効果だと考えられる。

このような視覚および非視覚の光受容機能において,オプシンと呼ばれるタンパク質が最初に光をキャッチする役割を果たしている。オプシンは大きな分子だが,そのなかにレチナールというビタミンAの一種である小さな別の分子が結合すると光をキャッチできるようになる。

哺乳類の体内時計が光でリセットされるためには,目の中にある網膜神経節細胞において,メラノプシンというオプシンが青色光を受容することが重要。そのため,パソコン画面やスマートフォンからの青色光が引き起こすとされる睡眠障害に,メラノプシンが関わる可能性が注目されている。

メラノプシンは脊椎動物の視覚を担うオプシン(視物質)よりも,むしろハエやイカなど無脊椎動物の視物質に似ている。しかし,メラノプシンは視物質とは全く異なる光受容機能を担うため,「非視覚」の機能に適した特徴を持つと考えられてきた。しかし,具体的にどのような特徴を持つのかについては,よくわかっていなかった。

マウスのメラノプシンと無脊椎動物ハエトリグモの視物質について特徴を比較した結果,哺乳類の体温に近い37℃に保持すると,ハエトリグモの視物質は大きな変化を示さないが,マウスのメラノプシンは光を受容するために必要なレチナールを,自発的に放出することを見出した。この特徴は,周辺の光環境を感知するときに感度が高すぎて細胞応答がすぐに飽和してしまうことを防ぐ(光の感度をあえて下げる)ために重要だと考えられる。

ヒトのメラノプシンはマウスの場合と比べても,レチナールとの結合が10倍程度弱くなっていた。このように哺乳類の中でも大きな違いがあるため,ヒト以外の霊長類(サル)が持つメラノプシンについてもレチナールの結合の強さを調べるとともに,メラノプシンのアミノ酸配列を変化させて,どの配列の違いがレチナールとの結合の強さ(弱さ)を変えているのかを解析した。

その結果,霊長類の種間でもメラノプシンとレチナールとの結合強度には大きな違いがあり,3箇所のアミノ酸の違いが,結合強度の違いの大部分を生むことがわかった。この3箇所のアミノ酸を,様々な哺乳類のメラノプシンで比較することにより,類人猿(ヒト・チンパンジー・テナガザルなど)メラノプシンが,分子進化の過程でレチナールとの結合を弱める配列を獲得・保持していることが示唆された。

これは類人猿への進化過程で,メラノプシンが光を受容しにくくなるようになったことを示唆している。このことは,ヒトを含めた類人猿が明るい環境で生活するため,メラノプシンへの光入力が強くなることへの適応であると推測できるという。

研究の結果,メラノプシンの特徴は,個々の動物種が生活環境からの光入力をどのように「適度」に受容するか,という調節に関わると考えられる。メラノプシンは網膜変性症など視覚を失った人の網膜に導入することで,光受容機能の回復を図る遺伝子治療や,特定の神経細胞に強制発現させることで神経活動を光刺激によって制御する(光遺伝学)研究手法に利用されている。

このような応用利用についても,「どれくらいの感度で光を受容するメラノプシンを用いるのか」という選択肢を提供することで,メラノプシンを用いた治療や研究の発展をより推進することが期待されるとしている。

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