東大,光遺伝学で酵素活性の操作に成功

東京大学の研究グループは,新規に作製した人工の光感受性分子とシミュレーション解析を用いて,細胞内における酵素活性の時間的な変動パターンを定量的かつ可逆的に光操作する手法の開発に成功した(ニュースリリース)。

近年,光感受性タンパク質を分子に組み込み,光照射で分子機能を操作する「オプトジェネティクス」と呼ばれる技術が注目されている。化学物質を用いる古典的な操作法と異なり,オプトジェネティクスは,光によって時空間的な操作が可能な点に大きな特徴がある。

化学物質は生体内で拡散するため不可逆的な操作になる一方,光による操作は,レーザーなどを用いることで,時空間的に自在に操作できる。しかし,どのように光を照射すれば,どの程度,光感受性分子が活性化するかという定量的な見積もりが困難という問題があり,光照射という生体に与える「入力」と光感受性分子による「出力」を結ぶための何らかの一般的な技術・方法論の開発が急務とされている。

研究グループは,植物由来の光受容タンパク質CRY2について,遺伝子工学技術を用いAktと融合することにより,光感受性のある人工Aktを作製した。Aktは細胞質から細胞膜への移動により活性化する性質があるため,光照射によって細胞膜へ移行する設計をした。

作製した光感受性Aktをマウス筋芽細胞内に発現させ,細胞外から光を照射したところ,光感受性Aktが分単位の時間スケールで可逆的に活性化することが確認できた。

活性化した光感受性Aktは,細胞内に内在する本来のAktと同様に,Aktの基質タンパク質をリン酸化し,Aktに支配される遺伝子発現や細胞極性の決定(細胞の移動方向の決定)などの生命現象を誘導することが確認できた。さらに,レーザー光源を用いることにより,細胞内の特定の場所でのみAktを活性化させる「空間的な操作」も可能であることが示された。

今回,光操作の対象としたタンパク質リン酸化酵素Aktは,糖尿病やガンといったヒトにおけるさまざまな疾患において,その活性が異常な時間的変動パターンで上昇・下降することが知られている。そのため,Akt活性の時間的な変動パターンと細胞応答との関係性を詳細に解析しうるこの手法は,今後,インスリンなどの薬剤の最適な投与量および時間の提案やAktが関与する疾患発症のメカニズム解明などに寄与することが期待されるという。

また,今回確立した一連の方法論は,Akt以外の分子にも応用可能である汎用性があり,近年注目が集まっている「生命機能を光によって意のままに操る」研究全般の発展に貢献することが期待できるとしている。

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