東大,高強度レーザーによる光ドレスト状態を観測

東京大学の研究グループは,強度の高いレーザーをキセノン原子に照射して,レーザー場と相互作用しているキセノン原子を標的として電子散乱実験を行ない,キセノン原子の光ドレスト状態を示す電子散乱信号(ピーク構造)を初めて観測した(ニュースリリース)。

通常,原子や分子に光を照射した場合には,光吸収や発光などが起こるが,原子や分子の性質が光の性質によって変化することはない。ところが,高強度のレーザー光と原子や分子が相互作用をすると,光の場によって原子や分子の電子状態が大きく影響を受け,光ドレスト状態という,光の場の中だけで存在する状態が形成される。

光ドレスト状態にある原子や分子内の電子群はレーザーの周期電場によって擾乱を受けるため,その空間分布は時間とともに変化する。しかし,この時間依存の電子分布を実験的に測定する手法はこれまでに存在していなかった。

一方で,レーザー場中で電子線が原子によって弾性散乱される際には,散乱電子の運動エネルギーがレーザー光子エネルギーの整数倍だけ増減するレーザーアシステッド弾性電子散乱(Laser-assisted elastic electron scattering:LAES)と呼ばれる現象が起こることが知られていた。

また,強レーザー場中でLAES過程を観測すれば,一光子分だけ運動エネルギーが増減したLAES信号の小角散乱領域に光ドレスト原子の形成に起因する特徴的なピーク構造が現れるはずであるということが予想されていた。

さらに,このピーク構造は光ドレスト原子内での電荷の空間分布とその時間変動に敏感であることが理論的に示されており,光ドレスト原子を理解するために,そのピーク構造の観測実験が待ち望まれていた。しかしながら,1970年代から続いてきた多くのLAES過程の実験研究にも係わらず,理論で予測されてきたピーク構造が観測されることはなかった。

今回,研究グループは,この理論予測を実証するために,小散乱角領域に現れるピーク構造を観測するための実験装置を独自に開発。そして,高強度レーザー場中において入射エネルギー1 keVの電子線パルスをキセノン原子に照射することによって,LAES過程による散乱電子のエネルギー分布と角度分布を測定した。

その結果,LAES過程を通じて一光子分だけ運動エネルギーが増減した散乱電子の散乱角度分布の小角領域に,光ドレスト原子の形成に由来するピーク構造が現れることを実証することに初めて成功した。

この研究によって,散乱電子信号に,原子が光ドレスト状態を形成したことを示すピーク構造が現れることが示され,LAES過程の実験研究における30年来の課題が解決された。

LAES過程において,入射電子は原子内のクーロン電場によって散乱されるため,散乱電子の角度分布とエネルギー分布は,原子内電子の空間分布と時間変化を反映して変化する。したがって,観測されたピーク構造の角度分布とエネルギー分布を解析することによって,光ドレスト状態にある原子や分子内の電子分布が如何に時々刻々変化するのかを明らかにできると期待される。

さらに研究グループは,この手法によって電子分布の動きが解明され,高強度レーザー場中の原子や分子が関わる動的な過程が理解されることにより,高強度レーザーを用いた原子の制御や化学反応の制御において大きな進展がもたらされるとしている。

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