理化学研究所(理研)の研究グループは,3,000兆分の1秒という短い時間幅のパルスが並んだ「アト秒パルス列 」の光で水素分子をイオン化すると,分子振動波束の生成過程(水素分子イオンが振動を始めるための準備時間)が,従来考えられていた時間よりはるかに長いことを発見した(ニュースリリース)。これにより,使用するパルスによって準備時間を制御可能なことを示した。
水素分子は2つの陽子と2つの電子で構成される。水素分子にパルス光を照射すると瞬間的にイオン化し,2つの陽子の結びつきが弱まって,水素分子イオン(陽子)は振動を始める。
水素分子イオンの振動は複数個の波動関数を足しあわせて得られる「波束」で表される。これまで水素分子イオンが振動を始める前の波束は,イオン化に伴い1,000兆分の0.1秒より短い時間で瞬間的に形成されるのが当然とされ,計測した例はなかった。
研究チームはアト秒パルス列を2つのビームに分け,片方のアト秒パルス列がもう片方のアト秒パルス列よりわずかに遅れてターゲットの水素分子に到達する光学装置を開発し,2つのアト秒パルス列の照射によって生じた水素イオン(陽子)の運動エネルギー分布を測定した。
具体的には,水素ガスを真空中へパルス状に吹き出しターゲットとした。真空中に吹き出した水素分子から電子を1つ取り除くために,1度アト秒パルス列を集光照射した。これにより,水素分子が水素分子イオンとなり,振動が始まる。
振動を開始し,ある程度時間が経った後,2度目のアト秒パルス列を集光照射した。2度目のアト秒パルス列によって水素分子イオンは水素原子と水素イオン(陽子)に解離したので,水素イオンを速度マップ画像(Velocity Map Imaging;VMI)分光器と呼ばれるイオン解析装置で測定した。
研究グループは,2度目のアト秒パルス列を集光照射する遅延時間を少しずつ掃引しながら水素イオンの運動エネルギー分布を記録し,2次元のスペクトログラムを得た。
これを独自のアルゴリズムに適用した結果,水素イオンの波束を形成する各波動関数の複素振幅の位相が束縛エネルギーに対して変調を受けることが分かった。この変調は,一部の波動関数が他の波動関数よりも1,000兆分の1秒程度遅れて生じているためと考えられた。
研究グループの提唱するモデル計算では,この遅れの原因はアト秒パルス列のスペクトル構造にあると想定でき,イオン化の過程をアト秒パルス列で制御できる可能性が示された。
この研究は,1000兆分の0.1秒よりも短い時間で行なわれていると考えられていたイオン化による分子振動波束の生成過程を,使用する光パルスによって制御可能なことを示唆している。分子運動の光制御では分子中の電子を光「励起」することが重要な役割を果たすが,励起よりもはるかに早く応答する「イオン化」が新たな超高速光制御技術をもたらすかも知れないとしている。
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